NHKの苦悩
最近、やけにテレビの画面に字幕がつくようになった。
バラエティー番組が顕著で、バラエティー番組というのはだいたい誰かしゃべっているので、字幕もほぼ出っ放しで、たいへん騒がしいと思う。
バラエティーの字幕はインパクトを持たせるためのものだろうが、NHKのニュースなんかでも、目の不自由な人のためなのか、字幕が多くなったと思う。
字幕を付けることが増えたためチェックが行き届かず、誤字が直されないまま流れてしまったり、時にまじめな番組では発言の一部にだけ字幕がついた結果、発言者の意図が歪曲されたなどといって、時に問題に発展したりする。
今日、NHKのニュースで、実際の発言とそれに付けられた字幕が一部違っているのを発見した。
年末恒例「ふるさとへの帰省ラッシュ」のニュースで、東京駅の東北新幹線のホームで撮影されたインタビューだった。いかにも子どもらしい、マルコメがちょっと伸びたような頭の男の子が、元気よく大きな声で答えてくれていた。家族と一緒に秋田へ向かうという。
記者が「冬休みの宿題は持っていくの?」と聞くと、男の子は、
「もう宅急便で送ってあります!」
と、大きな声で答えた。
「宅急便」は、宅配便一般を表す言葉としてけっこう使われているが、ヤマト運輸の商標であり、ふつうNHKでは放送することはできない。そのため、字幕には「宅配便で送ってあります」と出ていた。おそらく意図的に発言と違う字幕にしたのだろう。
「いいインタビューが取れたから使いたいんだけど、…でも、宅急便かぁ。これ、放送していいのかなあ…」という、苦悩が読み取れる一瞬だった。NHKって大変だなあ、って思った。
いちおう年末に絡んだネタで本年は終了。それではみなさま、よいお年を。
バラエティー番組が顕著で、バラエティー番組というのはだいたい誰かしゃべっているので、字幕もほぼ出っ放しで、たいへん騒がしいと思う。
バラエティーの字幕はインパクトを持たせるためのものだろうが、NHKのニュースなんかでも、目の不自由な人のためなのか、字幕が多くなったと思う。
字幕を付けることが増えたためチェックが行き届かず、誤字が直されないまま流れてしまったり、時にまじめな番組では発言の一部にだけ字幕がついた結果、発言者の意図が歪曲されたなどといって、時に問題に発展したりする。
今日、NHKのニュースで、実際の発言とそれに付けられた字幕が一部違っているのを発見した。
年末恒例「ふるさとへの帰省ラッシュ」のニュースで、東京駅の東北新幹線のホームで撮影されたインタビューだった。いかにも子どもらしい、マルコメがちょっと伸びたような頭の男の子が、元気よく大きな声で答えてくれていた。家族と一緒に秋田へ向かうという。
記者が「冬休みの宿題は持っていくの?」と聞くと、男の子は、
「もう宅急便で送ってあります!」
と、大きな声で答えた。
「宅急便」は、宅配便一般を表す言葉としてけっこう使われているが、ヤマト運輸の商標であり、ふつうNHKでは放送することはできない。そのため、字幕には「宅配便で送ってあります」と出ていた。おそらく意図的に発言と違う字幕にしたのだろう。
「いいインタビューが取れたから使いたいんだけど、…でも、宅急便かぁ。これ、放送していいのかなあ…」という、苦悩が読み取れる一瞬だった。NHKって大変だなあ、って思った。
いちおう年末に絡んだネタで本年は終了。それではみなさま、よいお年を。
タローさん。
犬というのは、犬種によってだいたいみんなオスに見えたり、メスに見えたりする。セントバーナードはオスっぽいし、マルチーズはメスっぽいと思う。柴犬は私の感覚ではどうしてもオスである。片足上げておしっこしてほしい。
我が家はマンションであるが、ベランダから見える家のガレージに柴犬がいる。名前を「タローさん」という。しかし、これは私と妻で勝手につけた名前である。
これがタローさん。

寝て、

寝て、

ときどき起きる。
私たちは、ベランダで布団を干すときなど、「タローさん、タローさん、」と遠くから勝手に可愛がっていたのだが、今日、タローさんに関するショッキングな出来事があった。
午前中のこと。妻がベランダで布団を干しながら、いつものように「タローさん、」と思って見ると、家の前でお母さん(飼い主)が近所の人と話をしていた。タローさんはその足元で丸くなっている。話が終わり、「じゃ、どうもー」って家に入ろうとしたのだが、何を思ってかタローさんは、道の真ん中に座ったきり全然動かない。そこで、お母さんが叫んで曰く、
「ハルちゃん!ほら、ハルちゃん!そんな所に座ってたら車に轢かれちゃうから!ハルちゃん!」
…ハルちゃん?
タローさんは、どうやら本当は「ハルちゃん」というらしい。私たちにとってはもう完全に「タローさん」なのに。さらに、その名前から推測するに、どうやらタローさんなんて名前はとんでもないことで、メスである可能性が高い。
冒頭にも書いたように、柴犬はどうもだいたいオスに見える。それにタローさんは、常にどっしりと構えていて、若い犬が目の前を通ってキャンキャン騒いだりしてもだいたい無反応で、ちょっと顔を上げたかと思うと、平気でまた寝てしまったりする。でも、知らない人が目の前で立ち止まったりすると、勇ましく吠える。通っただけでは吠えない。実に有能な番犬でもあるのだ。それだけに、勝手にオスっぽい名前をつけてしまった。
本名と、「おそらくメスである」という衝撃の事実を知ってしまったわけだが、しかしまあこれからも、私たちの間では「タローさん」として勝手に可愛がっていくことに変わりはない。
我が家はマンションであるが、ベランダから見える家のガレージに柴犬がいる。名前を「タローさん」という。しかし、これは私と妻で勝手につけた名前である。
これがタローさん。

寝て、

寝て、

ときどき起きる。
私たちは、ベランダで布団を干すときなど、「タローさん、タローさん、」と遠くから勝手に可愛がっていたのだが、今日、タローさんに関するショッキングな出来事があった。
午前中のこと。妻がベランダで布団を干しながら、いつものように「タローさん、」と思って見ると、家の前でお母さん(飼い主)が近所の人と話をしていた。タローさんはその足元で丸くなっている。話が終わり、「じゃ、どうもー」って家に入ろうとしたのだが、何を思ってかタローさんは、道の真ん中に座ったきり全然動かない。そこで、お母さんが叫んで曰く、
「ハルちゃん!ほら、ハルちゃん!そんな所に座ってたら車に轢かれちゃうから!ハルちゃん!」
…ハルちゃん?
タローさんは、どうやら本当は「ハルちゃん」というらしい。私たちにとってはもう完全に「タローさん」なのに。さらに、その名前から推測するに、どうやらタローさんなんて名前はとんでもないことで、メスである可能性が高い。
冒頭にも書いたように、柴犬はどうもだいたいオスに見える。それにタローさんは、常にどっしりと構えていて、若い犬が目の前を通ってキャンキャン騒いだりしてもだいたい無反応で、ちょっと顔を上げたかと思うと、平気でまた寝てしまったりする。でも、知らない人が目の前で立ち止まったりすると、勇ましく吠える。通っただけでは吠えない。実に有能な番犬でもあるのだ。それだけに、勝手にオスっぽい名前をつけてしまった。
本名と、「おそらくメスである」という衝撃の事実を知ってしまったわけだが、しかしまあこれからも、私たちの間では「タローさん」として勝手に可愛がっていくことに変わりはない。
ほぼラブホテル
クリスマスを前にしたこの時期の風物詩といえば、なんといっても民家の生け垣や壁面を彩る「うかれ電飾」であるが、我が家の近所にものすごいやつが登場した。

じゃーーん。ひも、のび放題。設置にはかなりの危険を要すると思われる。
電飾だけでは飽き足らず、屋根の上にはクリスマスツリーが植えられ、何やら羽のはえた人が立っている。ありとあらゆるものをくっつけてしまった感じだ。電柱の街灯がちょぼちょぼあるだけの暗い住宅街なので、この家だけがとんでもない光を放っている。突如ラブホテルが出現したかのような勢いだ。
車で我が家の方に入ってくるとまず目に入る家なので、去年もこうだったら気づいていたはずだが、今回始めてこんなにびっくりしたので、たぶん去年はこんなじゃなかったはず。これはまだ進化の途上であって、去年、今年と来て、来年はもっとすごいことになるのかもしれない。
うかれ電飾の実務については詳しくないのだが、どうやら最近のそれはLED(発光ダイオード)を使っているらしい。昔はLEDといえばもっと暗くて、赤と緑しかなかった。それがもっと明るくなって、青や白も作れるようになったことで、こんなに流行り始めたらしい。電球より電気代も安くて済むし。なるほど。
ということで、まだまだ進化の余地は多分に残されているということらしい。うかれ電飾の今後に期待である。自分ではやらないけど。
ところでLEDには、目に見える光以外にも赤外線や紫外線を発射するものもある。例えば、テレビのリモコンは赤外線LEDを使っている。そういうのを使って、ぜんぜんうかれていないように見えるけど、やけに家の周りが暖かいやつとか、やけに近所の人が日焼けするやつとか、そんなのを作ってみることも可能である。うかれ電飾の奥深さがここにある。この話のまとめとしてはちょっとおかしいが、まあいい。

じゃーーん。ひも、のび放題。設置にはかなりの危険を要すると思われる。
電飾だけでは飽き足らず、屋根の上にはクリスマスツリーが植えられ、何やら羽のはえた人が立っている。ありとあらゆるものをくっつけてしまった感じだ。電柱の街灯がちょぼちょぼあるだけの暗い住宅街なので、この家だけがとんでもない光を放っている。突如ラブホテルが出現したかのような勢いだ。
車で我が家の方に入ってくるとまず目に入る家なので、去年もこうだったら気づいていたはずだが、今回始めてこんなにびっくりしたので、たぶん去年はこんなじゃなかったはず。これはまだ進化の途上であって、去年、今年と来て、来年はもっとすごいことになるのかもしれない。
うかれ電飾の実務については詳しくないのだが、どうやら最近のそれはLED(発光ダイオード)を使っているらしい。昔はLEDといえばもっと暗くて、赤と緑しかなかった。それがもっと明るくなって、青や白も作れるようになったことで、こんなに流行り始めたらしい。電球より電気代も安くて済むし。なるほど。
ということで、まだまだ進化の余地は多分に残されているということらしい。うかれ電飾の今後に期待である。自分ではやらないけど。
ところでLEDには、目に見える光以外にも赤外線や紫外線を発射するものもある。例えば、テレビのリモコンは赤外線LEDを使っている。そういうのを使って、ぜんぜんうかれていないように見えるけど、やけに家の周りが暖かいやつとか、やけに近所の人が日焼けするやつとか、そんなのを作ってみることも可能である。うかれ電飾の奥深さがここにある。この話のまとめとしてはちょっとおかしいが、まあいい。
踏切の友
仕事帰りに、戸塚の東口で買い物をして我が家のある西口方面に来るとする。駅の上の通路や地下通路を通るより、踏切を通った方が距離は短い。ただし、たいてい、ものすごく余計に時間がかかる。
地元で「大踏切」または単に「踏切」と呼ばれるこの踏切は、正式名称をその名も「東海道踏切」といい、東海道線、横須賀線、貨物線の複々々線を跨いでいる。それだけに、当然とてもよく閉まる。「開かずの踏切」として有名である。
朝はほぼ完全に閉まっているので、だれも待つ人なんていない。帰りの時間帯であれば、待ち時間は1分以内ということもあるし、長い場合は15分とか20分におよぶこともある。朝と夕方は踏切の前後で大渋滞するのを避けるため、大胆にも自動車は通行止めになり、約2キロ北にある陸橋を渡らなければならない。地元の車は当然それを知っているが、時おり、沼津ナンバーの車なんかが踏切までやってきてしまい、困っている姿は全く不憫としかいいようがない。だって、国道1号線として赤いラインで立派に地図に載ってるんだから。
さて、そんな踏切ではあるが、私は買い物をして踏切を渡って帰ってくるというこの流れがわりと好きで、わざわざやる。買い物ついでに、「踏切の友」として、飲み物や少々のお菓子を準備し、踏切が開くまでの数分から10分以上の間、通り過ぎる電車を眺めながらちょっとしたおやつタイムである。

今日の「踏切の友」はこれ。…のはずだったのだが。
今日は、ずいぶん久しぶりに缶入りのコーンスープを買ってみた。暖かいものを飲みながらのんびり待とうかと思ったのだが、1分足らずで開いてしまい、飲めなかった。帰りの通り道は、そんなものを飲みながら悠長に歩いてくる道でもないので、うちまで持って歩いてくる間に冷めてしまって、なんだか飲む気がなくなってしまった。踏切が長く閉まっていたらこれも食べようと思って、以前ちょっとだけ書いた「かし原の塩羊羹」も買ったのだが。

かし原の塩羊羹。同心円に囲まれた塩(シオ)の文字。すばらしいデザインだと思う。
缶の底から暖められるパネルヒーターみたいのは家にはないので、冷めたコーンスープを自販機で買ったのと同じ状態にすることは難しい。湯せんするか、それともカップに移してチンして飲むかな。
春先から夏場、7時ごろまで明るかった頃なんかは本も読めて、踏切待ちもなかなかいい時間だったけど、もうだいぶ踏切を待つのは寒くなってきた。そろそろ地下道を回ったほうがいいのかな、とも思う。
地元で「大踏切」または単に「踏切」と呼ばれるこの踏切は、正式名称をその名も「東海道踏切」といい、東海道線、横須賀線、貨物線の複々々線を跨いでいる。それだけに、当然とてもよく閉まる。「開かずの踏切」として有名である。
朝はほぼ完全に閉まっているので、だれも待つ人なんていない。帰りの時間帯であれば、待ち時間は1分以内ということもあるし、長い場合は15分とか20分におよぶこともある。朝と夕方は踏切の前後で大渋滞するのを避けるため、大胆にも自動車は通行止めになり、約2キロ北にある陸橋を渡らなければならない。地元の車は当然それを知っているが、時おり、沼津ナンバーの車なんかが踏切までやってきてしまい、困っている姿は全く不憫としかいいようがない。だって、国道1号線として赤いラインで立派に地図に載ってるんだから。
さて、そんな踏切ではあるが、私は買い物をして踏切を渡って帰ってくるというこの流れがわりと好きで、わざわざやる。買い物ついでに、「踏切の友」として、飲み物や少々のお菓子を準備し、踏切が開くまでの数分から10分以上の間、通り過ぎる電車を眺めながらちょっとしたおやつタイムである。

今日の「踏切の友」はこれ。…のはずだったのだが。
今日は、ずいぶん久しぶりに缶入りのコーンスープを買ってみた。暖かいものを飲みながらのんびり待とうかと思ったのだが、1分足らずで開いてしまい、飲めなかった。帰りの通り道は、そんなものを飲みながら悠長に歩いてくる道でもないので、うちまで持って歩いてくる間に冷めてしまって、なんだか飲む気がなくなってしまった。踏切が長く閉まっていたらこれも食べようと思って、以前ちょっとだけ書いた「かし原の塩羊羹」も買ったのだが。

かし原の塩羊羹。同心円に囲まれた塩(シオ)の文字。すばらしいデザインだと思う。
缶の底から暖められるパネルヒーターみたいのは家にはないので、冷めたコーンスープを自販機で買ったのと同じ状態にすることは難しい。湯せんするか、それともカップに移してチンして飲むかな。
春先から夏場、7時ごろまで明るかった頃なんかは本も読めて、踏切待ちもなかなかいい時間だったけど、もうだいぶ踏切を待つのは寒くなってきた。そろそろ地下道を回ったほうがいいのかな、とも思う。
養老渓谷に行ってきた。(1)
今日は、友人のI氏、J氏とともに、千葉の養老渓谷へ行ってきた。
千葉の山の中は車で行くのが断然便利なのだが、今回は、「小湊鉄道に乗る」というのも目的の一つだったので、横浜駅から高速バスに乗って出かけた。アクアラインを経由する高速バスに乗ると、横浜駅から小湊鉄道起点の五井駅まで1時間足らずで到着する。とても近い。
小湊鉄道に乗り、五井駅を出ると1時間ほどで養老渓谷の玄関口である養老渓谷駅に到着する。小湊鉄道については、ファンも多く、ネット上で紹介している人も多くいるので、ここでは触れないでおいて、写真だけ載せる。

横浜や東京から1時間で、こんなやつに乗れる。紅葉シーズンなので3両も繋がった。普段は1両。
さて、養老渓谷駅で降りて30分ぐらい歩くと、「養老渓谷温泉郷」として旅館が並ぶ通りに出る。養老渓谷をこうして歩くのは大学1年のとき以来、十数年ぶりである。
私は千葉の船橋という町の育ちであるのだが、その時は、高校の時の部活仲間と「自転車で養老渓谷へ行ってみよう」と言って、船橋からはるばるやって来た。その距離およそ60km。それもママチャリで。けっこう馬鹿である。
着いた頃には日が暮れかけてしまい、某旅館に「泊めてもらえませんか」と頼んで、1人5000円で泊めてもらった。夕食は、ほかの客が立派なお膳を前にしている中、我々はカレーライスを出してもらった。そういう、まあ思い出の地だ。
養老渓谷は、千葉県内屈指の観光地であり、今日は紅葉シーズンの日曜日だというのに、全体的に観光地らしからぬ、うすぼんやりとした雰囲気が漂っている。「温泉郷」と言っているが、千葉で沸くのはいわゆる鉱泉で、熱いお湯が出るわけではない。草津や別府のような湯気もくもくの状況があるわけでもない。
道沿いに土地を持っている人が好き勝手に1日500円とかで駐車場を開き、またある人は釣り堀をやったりしている。その釣り堀の片隅には地味にバーベキューの施設があったり。お寺の入口には、なんとなくチョコバナナとお好み焼の屋台が出ている。やる気とか商売っ気といったものはあまり感じられず、なんだかゆる〜い感じ。行き交う人々は、そんな雰囲気の中をあてどなくそぞろ歩いているように見える。

12月に入ったが、暖かい千葉では紅葉がまだこんな具合。
ちょっとそこいらを散歩した後は、バス停「弘文洞入口(こうぶんどういりぐち)」から路線バスに乗って、養老渓谷随一の景勝地である「粟又の滝」へ向かうのだが、それにしても次のバス停「葛藤(くずふじ)」の間が近すぎる。弘文洞入口から乗った僕らは座れたが、葛藤でも待っていた人たちは座れなかった。もちろん運賃は変わらない。そんなに近くて次の停留所のアナウンスはどうなるのか気にしていたら、何も言わなかった…。というより、終点まで放送はなかった。…まあ千葉だし、そういうこともあるのかと納得しようとしてみる。

乗り場のポールは片側に1本だけ。だから方向によってはポールの向かい側で待つ。これは千葉ではよくあること。弘文洞入口で待っているのがI氏とJ氏。
養老渓谷に行ってきた。(2)へ続く。
千葉の山の中は車で行くのが断然便利なのだが、今回は、「小湊鉄道に乗る」というのも目的の一つだったので、横浜駅から高速バスに乗って出かけた。アクアラインを経由する高速バスに乗ると、横浜駅から小湊鉄道起点の五井駅まで1時間足らずで到着する。とても近い。
小湊鉄道に乗り、五井駅を出ると1時間ほどで養老渓谷の玄関口である養老渓谷駅に到着する。小湊鉄道については、ファンも多く、ネット上で紹介している人も多くいるので、ここでは触れないでおいて、写真だけ載せる。

横浜や東京から1時間で、こんなやつに乗れる。紅葉シーズンなので3両も繋がった。普段は1両。
さて、養老渓谷駅で降りて30分ぐらい歩くと、「養老渓谷温泉郷」として旅館が並ぶ通りに出る。養老渓谷をこうして歩くのは大学1年のとき以来、十数年ぶりである。
私は千葉の船橋という町の育ちであるのだが、その時は、高校の時の部活仲間と「自転車で養老渓谷へ行ってみよう」と言って、船橋からはるばるやって来た。その距離およそ60km。それもママチャリで。けっこう馬鹿である。
着いた頃には日が暮れかけてしまい、某旅館に「泊めてもらえませんか」と頼んで、1人5000円で泊めてもらった。夕食は、ほかの客が立派なお膳を前にしている中、我々はカレーライスを出してもらった。そういう、まあ思い出の地だ。
養老渓谷は、千葉県内屈指の観光地であり、今日は紅葉シーズンの日曜日だというのに、全体的に観光地らしからぬ、うすぼんやりとした雰囲気が漂っている。「温泉郷」と言っているが、千葉で沸くのはいわゆる鉱泉で、熱いお湯が出るわけではない。草津や別府のような湯気もくもくの状況があるわけでもない。
道沿いに土地を持っている人が好き勝手に1日500円とかで駐車場を開き、またある人は釣り堀をやったりしている。その釣り堀の片隅には地味にバーベキューの施設があったり。お寺の入口には、なんとなくチョコバナナとお好み焼の屋台が出ている。やる気とか商売っ気といったものはあまり感じられず、なんだかゆる〜い感じ。行き交う人々は、そんな雰囲気の中をあてどなくそぞろ歩いているように見える。

12月に入ったが、暖かい千葉では紅葉がまだこんな具合。
ちょっとそこいらを散歩した後は、バス停「弘文洞入口(こうぶんどういりぐち)」から路線バスに乗って、養老渓谷随一の景勝地である「粟又の滝」へ向かうのだが、それにしても次のバス停「葛藤(くずふじ)」の間が近すぎる。弘文洞入口から乗った僕らは座れたが、葛藤でも待っていた人たちは座れなかった。もちろん運賃は変わらない。そんなに近くて次の停留所のアナウンスはどうなるのか気にしていたら、何も言わなかった…。というより、終点まで放送はなかった。…まあ千葉だし、そういうこともあるのかと納得しようとしてみる。

乗り場のポールは片側に1本だけ。だから方向によってはポールの向かい側で待つ。これは千葉ではよくあること。弘文洞入口で待っているのがI氏とJ氏。
養老渓谷に行ってきた。(2)へ続く。
養老渓谷に行ってきた。(2)
粟又の滝の一軒宿「滝見苑」で風呂に浸かり、食事。意外にもけっこう混んでいて、食事の順番待ちの人がロビーにあふれている。今日はラウンジやスナックも食堂としてフル稼動しているため、混雑したロビーをお茶や定食が横断していく。
粟又の滝は緩い斜面をダーッと流れてくる珍しい形のもので、昨夜からの雨のせいで、流量は多い。紅葉ももう終わり近いものの、まだいける感じである。しかしながら地面が粘土質で、そこが雨で濡れて落ち葉が貼りついているので、とてもすべりやすい。でも、注意を促す看板とか、手すりなんてものは設置されていない。だから、みんなが好き勝手なところを滑らないよう頑張って歩いている。
J氏が粟又の滝を誉めて曰く、「これはけっこうすごい。もっと頑張って観光地っぽくすればいいのに」。まったくその通りである。粟又の滝は、観光資源としてはかなり高いレベルだと思うのだ。しかし、手すりなんてもちろんのこと、滝を説明する看板さえ立てられていない。もうすこししっかり整備すればいいんじゃないかなあ…とも思うが、これがやっぱり千葉っぽいのかも知れない。

滝の上の様子。

水がダーッと流れてきて、ダーッと流れていく。

滝の下から見る。なかなかたいしたもんだと思う。

その先の渓流と紅葉。けっこういい。

かと思えば、廃屋から布団がはみ出てほったらかし。
ネットで千葉の県民性を調べてみたら、明るくおおらかで楽天的ということららしい。周囲を海に囲まれていて気候が温暖。魚が獲れる。米もできる。野菜もできる。「だいたいやってりゃあ、なんとかなっぺよ」と思ってやっていれば実際になんとかなってしまうので、そういう気質になったのではないかと思うのだが、裏を返せば、「何ごともあまり一生懸命やらない」ということになる気がする。その県民性を反映してか、千葉の観光地には往々にしてルーズな風が吹いている。
さて、なんだかやる気がないとか、ルーズだとか、いい加減だとか、そんなことばかり書いてしまったが、そんなふうなので逆に言うと、千葉の観光地は常に、騒がしくなくて呑気で穏やかだ。今日同行の2人は、いろいろ驚いたり面白がったりしていたが、そこらへんの雰囲気が千葉育ちの私にはたいへん心地よくて懐かしい。何か、忘れていたものを思い出させてくれるような小旅行だった。
もっと頑張ればいいのにと言ったJ氏は新潟出身。先の県民性のサイトによると、新潟の男は「とにかく勤勉」だそうである。なるほど。

老若男女、外国人にもわかりやすい優れたデザイン。「注意」の文字はなくてもよい。

かなりアバンギャルドなペンションの看板。子供が泣く。
さて、今日一緒に出かけたI氏とは、イラストレーターいけべけんいち。さん。彼も日記に載せていました。ホームページはこちら。写真が多いから私のブログと合わせて見るといいかもね。
もう一つ連絡事項。もう何日か前ですが、前に掲載した「坂道を測定する」が、niftyデイリーポータルZの「コネタ道場」に採用されました。誰も気づいてくれなかったので、自分で書きます。一生懸命な人なら採用されたその日に書いたりしそうなもんですが、なにぶん千葉っ子なので、ぼやんとしているうちに日が経ってしまいました。
養老渓谷に行ってきた。おわり
粟又の滝は緩い斜面をダーッと流れてくる珍しい形のもので、昨夜からの雨のせいで、流量は多い。紅葉ももう終わり近いものの、まだいける感じである。しかしながら地面が粘土質で、そこが雨で濡れて落ち葉が貼りついているので、とてもすべりやすい。でも、注意を促す看板とか、手すりなんてものは設置されていない。だから、みんなが好き勝手なところを滑らないよう頑張って歩いている。
J氏が粟又の滝を誉めて曰く、「これはけっこうすごい。もっと頑張って観光地っぽくすればいいのに」。まったくその通りである。粟又の滝は、観光資源としてはかなり高いレベルだと思うのだ。しかし、手すりなんてもちろんのこと、滝を説明する看板さえ立てられていない。もうすこししっかり整備すればいいんじゃないかなあ…とも思うが、これがやっぱり千葉っぽいのかも知れない。

滝の上の様子。

水がダーッと流れてきて、ダーッと流れていく。

滝の下から見る。なかなかたいしたもんだと思う。

その先の渓流と紅葉。けっこういい。

かと思えば、廃屋から布団がはみ出てほったらかし。
ネットで千葉の県民性を調べてみたら、明るくおおらかで楽天的ということららしい。周囲を海に囲まれていて気候が温暖。魚が獲れる。米もできる。野菜もできる。「だいたいやってりゃあ、なんとかなっぺよ」と思ってやっていれば実際になんとかなってしまうので、そういう気質になったのではないかと思うのだが、裏を返せば、「何ごともあまり一生懸命やらない」ということになる気がする。その県民性を反映してか、千葉の観光地には往々にしてルーズな風が吹いている。
さて、なんだかやる気がないとか、ルーズだとか、いい加減だとか、そんなことばかり書いてしまったが、そんなふうなので逆に言うと、千葉の観光地は常に、騒がしくなくて呑気で穏やかだ。今日同行の2人は、いろいろ驚いたり面白がったりしていたが、そこらへんの雰囲気が千葉育ちの私にはたいへん心地よくて懐かしい。何か、忘れていたものを思い出させてくれるような小旅行だった。
もっと頑張ればいいのにと言ったJ氏は新潟出身。先の県民性のサイトによると、新潟の男は「とにかく勤勉」だそうである。なるほど。

老若男女、外国人にもわかりやすい優れたデザイン。「注意」の文字はなくてもよい。

かなりアバンギャルドなペンションの看板。子供が泣く。
さて、今日一緒に出かけたI氏とは、イラストレーターいけべけんいち。さん。彼も日記に載せていました。ホームページはこちら。写真が多いから私のブログと合わせて見るといいかもね。
もう一つ連絡事項。もう何日か前ですが、前に掲載した「坂道を測定する」が、niftyデイリーポータルZの「コネタ道場」に採用されました。誰も気づいてくれなかったので、自分で書きます。一生懸命な人なら採用されたその日に書いたりしそうなもんですが、なにぶん千葉っ子なので、ぼやんとしているうちに日が経ってしまいました。
養老渓谷に行ってきた。おわり
Jリーグ関連グッズ
もう数日前の話ではあるが、今シーズンのJリーグは、浦和レッズの初優勝で幕を下ろした。
レッズはJリーグ発足当初から参加していたチームで、それだけに、選手とサポーターにとって、初優勝の感慨はひとしおだろう。J2から這い上がってきた(レッズの場合は、一度J1から落ちた)チームが優勝したのは史上初だそうである。とにかくめでたいことだ。
さて、そんなJリーグ発足前夜とも言える1992年から93年にかけての話だが、スポーツ界はとにかくJリーグ。「野球なんかつまらない、これからはサッカーの時代だ!」とばかりに、Jリーグ旋風が吹き荒れていた。
そんな中で、いろんなJリーグ関連グッズが発売されたわけだが、そのうちの1つが私のタンスの中に眠っていた。

なんだこれ。
たしか、アキハバラデパートで3足1000円の中の1つだったように覚えている。まるで手編みのような、ハンドメイド感あふれるJリーグ。サッカーボールだって描いてある。でも、きっとこんなロゴではなかったはず。カタカナだし。この靴下全てが突っ込みどころである。
当時も今も、サッカーにはそれほど興味はないのだが、これはあんまりひどすぎるので買ってしまった。あれからもう13年が経ったらしい。早いものだ。あと50年取っておいてもプレミアは絶対つかないが、面白いから取っておく。
レッズはJリーグ発足当初から参加していたチームで、それだけに、選手とサポーターにとって、初優勝の感慨はひとしおだろう。J2から這い上がってきた(レッズの場合は、一度J1から落ちた)チームが優勝したのは史上初だそうである。とにかくめでたいことだ。
さて、そんなJリーグ発足前夜とも言える1992年から93年にかけての話だが、スポーツ界はとにかくJリーグ。「野球なんかつまらない、これからはサッカーの時代だ!」とばかりに、Jリーグ旋風が吹き荒れていた。
そんな中で、いろんなJリーグ関連グッズが発売されたわけだが、そのうちの1つが私のタンスの中に眠っていた。

なんだこれ。
たしか、アキハバラデパートで3足1000円の中の1つだったように覚えている。まるで手編みのような、ハンドメイド感あふれるJリーグ。サッカーボールだって描いてある。でも、きっとこんなロゴではなかったはず。カタカナだし。この靴下全てが突っ込みどころである。
当時も今も、サッカーにはそれほど興味はないのだが、これはあんまりひどすぎるので買ってしまった。あれからもう13年が経ったらしい。早いものだ。あと50年取っておいてもプレミアは絶対つかないが、面白いから取っておく。
円筒分水を見に行ってきた。
今日は、川崎市高津区久地というところにある「二ヶ領用水 久地円筒分水(にかりょうようすい くじえんとうぶんすい)」を見に行ってきた。
え?何?という方が大半だと思うが、用水路が…円筒形でどうしたこうした…と、とりあえずそのぐらいまではつかんでいただけるかと思う。
どういうものかというと、多摩川から水を引いてきた二ヶ領用水という農業用水を、周辺の村に必要なだけ公平に分配するための施設であるのだが、しくみを説明すると、まず用水路を流れてきた水をいったん地下に潜らせる。そして、その先に円形の噴き出し口を作っておいて、地上に噴き上げさせる。噴き出し口には、あふれ出る水を各村々の灌漑面積の比率にしたがって流路を分けるための仕切りがついている。そうすることで、流量が多い時も少ない時も常に公平に水が分配され、争いにならないという、そういうしかけになっている。

上の写真は現地にある説明図。左から右へ、平瀬川の下を潜ってきた水が、右側にある円形の部分から噴き出し、根方、久地、六ケ村、川崎の4つの堀に落ちる。全体の8割近くを持っていく川崎堀は、この先も下流の水田を潤しながら流れていく。水を分けるための円筒形の施設なので「円筒分水」である。

地下を通ってきた水はこの円形部分から出てきて、写真左上の方の仕切りによって分けられる。

仕切り部分に近寄ってみる。このように4つの堀に分配される。

反対側から見る。向こうへ流れていくのは川崎堀。

上流側から。大きな流れは平瀬川に合流し、多摩川へ出る流れ。円筒分水へは右側の水門を通って、平瀬川の下を潜る。
久地円筒分水は昭和16年、当時としては最新の技術を用いて作られたもので、国の登録有形文化財に指定されている。自然の原理のみを利用して水利争いを治めた、先人の知恵の結晶である。
円形の施設に水が流れ、周囲に木が植えられている様は、一種の屋外芸術のようでもあり、のんびりと落ち着いた気持ちにさせてくれる。
円筒分水または円形分水と呼ばれる施設は全国各地にあり、近場では千葉県に2か所あるらしい。各地の円筒分水を巡ってみたくなった。
え?何?という方が大半だと思うが、用水路が…円筒形でどうしたこうした…と、とりあえずそのぐらいまではつかんでいただけるかと思う。
どういうものかというと、多摩川から水を引いてきた二ヶ領用水という農業用水を、周辺の村に必要なだけ公平に分配するための施設であるのだが、しくみを説明すると、まず用水路を流れてきた水をいったん地下に潜らせる。そして、その先に円形の噴き出し口を作っておいて、地上に噴き上げさせる。噴き出し口には、あふれ出る水を各村々の灌漑面積の比率にしたがって流路を分けるための仕切りがついている。そうすることで、流量が多い時も少ない時も常に公平に水が分配され、争いにならないという、そういうしかけになっている。

上の写真は現地にある説明図。左から右へ、平瀬川の下を潜ってきた水が、右側にある円形の部分から噴き出し、根方、久地、六ケ村、川崎の4つの堀に落ちる。全体の8割近くを持っていく川崎堀は、この先も下流の水田を潤しながら流れていく。水を分けるための円筒形の施設なので「円筒分水」である。

地下を通ってきた水はこの円形部分から出てきて、写真左上の方の仕切りによって分けられる。

仕切り部分に近寄ってみる。このように4つの堀に分配される。

反対側から見る。向こうへ流れていくのは川崎堀。

上流側から。大きな流れは平瀬川に合流し、多摩川へ出る流れ。円筒分水へは右側の水門を通って、平瀬川の下を潜る。
久地円筒分水は昭和16年、当時としては最新の技術を用いて作られたもので、国の登録有形文化財に指定されている。自然の原理のみを利用して水利争いを治めた、先人の知恵の結晶である。
円形の施設に水が流れ、周囲に木が植えられている様は、一種の屋外芸術のようでもあり、のんびりと落ち着いた気持ちにさせてくれる。
円筒分水または円形分水と呼ばれる施設は全国各地にあり、近場では千葉県に2か所あるらしい。各地の円筒分水を巡ってみたくなった。


