2007-11

仕事。

 8月中旬にいろいろあって会社を辞めて(こちらの記事を見るといいかな)約3ヵ月半がたち、やっとこさ仕事が決まった。

 11月21日に職安で見つけてすぐに紹介してもらい、トントンと話は進み、今日決まってしまった。そして、勤務は12月7日から。正社員での採用なのに大丈夫なの?と、こちらが心配になるぐらい。

 8月まで勤めていた会社でも、韓国の取引先との間で韓国語メールのやり取りや、韓日・日韓の資料翻訳などをやっていたが、今度もそんな仕事。ただし、今度のほうが忙しそうで、年に数回めちゃくちゃ忙しい時期があるし、そうでない時期でも、月に1〜2回程度、仕事以外に何もする時間がないような、ハードな韓国出張があるそうだ。面接でお会いした人は、「私はしょっちゅう韓国へは行ってるけど、ソウルを知らない」と言っていた。

 勤めるのは埼玉県内。といっても、ほとんど群馬に近いようなところで、会社の正面に立つと、標高1000mを超える山並みがすぐそこに見える。通勤には片道2時間かかるが、高崎線に乗ってしまえばずっと乗ってるだけなので、人ごみの苦手な私にとっては、新宿とか渋谷あたりで乗り換えてどこかへ行くよりずっと楽。

 たいていの用事は帰り道の大宮で済むので、滅多なことでもない限り東京には行かない暮らしになりそうな気がする。

お相撲さんの四股名

 夕方、ラジオの相撲中継を聞き流していたら、「血を吐く方」という言葉が盛んに聞こえた。「血を吐く方?血を吐かない方?」と思っていたら、「千代白鵬(ちよはくほう)」という十両力士で、今日勝って、五分の星にしたらしい。

 テレビなら「千代白鵬」と字幕が出るおかげで、しっかり「ちよはくほう」と聞こえるが(空耳アワーの原理)、ラジオの場合は、聞く人の頭が、自然な形の言葉になるよう勝手に組み立てるため、自然と「血を吐く方」に聞こえてしまう。
 四股名をつける方もつけられる方も、まず漢字で書いちゃって、字のない状態を想像しなかったんだろうなあ…と推測する。

 で、困った四股名と言えば「栃乃洋(とちのなだ)」で、私はこの四股名が正しく言えない。「とちのなあ」とか「とちななら」とかなってしまう。私が困るだけならかまわないが、NHKのアナウンサーの中にだって同じような人がいて、「とちの」「なだ」と微妙に区切ったり、「とちのな」とあえて力強く言うことで「とちのなだ」みたいに聞こえるように工夫しているので、多くの人にとって困った四股名なんだと思う。

 たとえばの話。自分が相撲取りで頑張っていて、やっと立派な四股名を与えられるという時になり、親方から「今日からお前は『とちのなだ』だ」と言われたらどうしようかと思う。
 四股名を与えられた瞬間、間違いなく頭の中、口の中で繰り返してみると思うが、「と、とち(この辺で、これは言えなそうだぞ、というのがわかる)、とちのなあ、とち、とちななら…あ、これやばい」ということになることは想像に難くない。

 しかしである。親方から与えられた四股名に対し「すみません、自分は言えないので他のにしてください」とは、口が裂けても言えないのだろうということも想像できる。
 千代白鵬だって同じで、四股名発表のときには「おお!かっこいいな」と思っていたら、ある時友達に言われたりして気づいたとする。「お前の四股名、『血を吐く方』みたいだな」。…でも、親方に対してやっぱり嫌ですとは言えない状況であるに違いない。
 そういう、上下関係の厳しい社会で、絶対に逆らえない状況であるからこそ、四股名って、ちゃんとつけてあげなければならないと思う。


 ところで話はまだ続き、血を吐く方、じゃなくて千代白鵬。

 白鵬といえばモンゴル出身の横綱である。何か関係があるのか?と思ったら、困ったことに、千代白鵬の方が四股名をもらったのは白鵬より先で、白鵬が入門後、すごい勢いでのし上がってきたために、千代白鵬を追い抜いてしまったということのようである。
 そうなると、すでに千代白鵬がいるにも関わらず、白鵬とつけるのはどうなんだ?という気持ちが沸いてくるのは自然なこと。千代白鵬が所属する九重部屋では、師匠の元・千代の富士にあやかって「千代」をつけるしきたりなので、千代白鵬はつまり、「千代の富士の部屋の白鵬」である。そしたらある時、無印の白鵬が彗星のように登場し、あれよあれよという間に横綱になってしまったのだから、千代白鵬の心中いかばかりか。

 落語家の名前に例えてみる。「××家○○」(師匠)と、「××家小○○」(弟子)というように、対をなして師弟関係を示す名前がある。当然、この場合師弟関係なので、同じ一門、仲間である。ところが、千代白鵬と白鵬は別部屋、なおかつ部屋をさらに束ねる「一門」も別なので、完全に敵。
 つまり、先に「××家小○○」と名乗っていたところへ、しらないうちに別の一門で「△△亭○○」という、まるで自分の師匠のような名の落語家が出てきたようなものじゃないか…と思ったのだが、この例えは、はたしてわかりやすいのだろうか。


 とにかく今日ラジオを聞き流していて思ったことは、お相撲さんの四股名をつける時には、発音しやすいもの、変な聞き間違いが起こらないもの、他の部屋とかぶらないもの…などなど、いろいろと考えた上でつけてあげなくちゃいけないな…と、切に思った次第。

トイレ修理と佐藤さん

 翻訳の仕事をしている佐藤さんの手伝いをすることになったので、昨日、都内にある佐藤さんの会社へ行って説明を聞き、必要なファイルをUSBメモリに入れて持ち帰ってきた。

 しかし。持ってきたPDFファイルにはところどころ黄色いメモ紙みたいなアイコンがついて、注釈が付けられているはずなのだが、Adobe Readerで開くとそれが表示されない。佐藤さんのところでは確かに注釈が表示されていた。それがないと仕事にならないのだ。
 そこで、佐藤さんに電話してみた。すると、佐藤さんは「あーそうかあ。僕の使ってるのはAdobe Acrobat(Readerより多機能の、有料のやつ)だなあ。Acrobat買ってもらう訳にもいかないし、悪いんだけど明日、こっちに来て作業してもらえない?」と言う。そういうことならまあ、しょうがないので、今日の朝から佐藤さんの会社へ行き、作業するつもりでいた。

 ところが、その後夜になって、妻がトイレのタンクの水がなかなか溜まらないことに気づいた。昨日の午前中、給水ポンプの部品交換だか何だかで断水していたので、それと関係があるのかもしれないと思い、とりあえず管理会社へ電話をしてみた。もう遅い時間だったので、「では、明朝に担当者から電話をかけさせます」ということになった。
 ということで、朝から佐藤さんの会社に行くことはできなくなってしまったが、でも、直さないとそのまま連休に入ってしまうし、きっと午前中には片付くだろうから、その後で行こうと考えた。

 そして今朝。佐藤さんには「こういうわけなので、午後から行きます」と電話をして待っていたら、設備会社の人から電話がかかってきた。「作業の担当の者が出払っていて、夕方以降になってしまいそうなんですが…」と。
 困ったなあ。しかしまあ無理なんだろうから、私は今から出かけることにして、妻が仕事から帰宅している時間に来てもらおうと思い、何時頃なら帰ってるか妻に確認して、こちらから折り返し電話をすることにした。

 妻の帰宅時間を確認して、設備会社に電話をかけたところ、「昨日作業を行った者が、今、さいたま市にいまして、1時間ぐらいでそちらに行けるそうです」とのこと。
 おお。…となると、当初考えていた通り、午前中には作業が終わり、午後には佐藤さんの会社に行けるということになる。
 「ああ、それはよかった」と思い、作業の人を待ちながら、いろいろやっていたら、Adobe Acrobatの体験版(30日間有効)をダウンロードできることがわかったので、やってみた。

 作業の人は11時半ごろにやってきた。トイレの症状は、断水後によく起こるものだそうで、作業は簡単に終わった。タンクの入り口に付いているストレイナーという網状の部分に、急に流れてきた水によって運ばれてきた錆びが詰まってしまい、流れが細くなってしまうのだとのこと。マンションで断水が起こった後にはたいてい1〜2件、連絡があるとのことで、うちは運が悪かったらしい。
 一方、Adobe Acrobatの体験版のダウンロード→インストールにはけっこう時間がかかり、トイレの作業が済んだ頃にやっとインストール完了。さっそく、昨日ちゃんと開けなかったファイルをAdobe Acrobatで開いてみた。

 ところが…、あれえ?やっぱりダメだ。

 そこで、佐藤さんに電話。佐藤さんは私よりずっと年上で、名刺には「部長」と書いてあるけれども、けっこうおっちょこちょいである。間違ったファイルを私にくれたということも、十分ありうる。「こういうわけで、やってみたんですけど、やっぱりダメでした。もしかしてファイル違ってませんか?」と言うと、出先だった佐藤さんは、「あーそう。じゃあ、会社に戻ったら確認してみて、また電話します」と、平然と言った。
 …ということで、すっかり時間が空いてしまったので、自宅待機。とりあえず、他の翻訳の仕事をする傍ら、先日買ってあった真鯛のあらを使い、塩は粟国島の塩でもって、うしお汁を作ってみたら、さっぱりといい味にできた。

 さて、夜になって、佐藤さんから電話がかかってきた。「今、メールにファイル添付して送ったので、見てみて」と言われたので開いてみると、案の定、昨日もらってきたファイルとは別のものが添付されていて、さらに、Adobe Acrobatじゃなくて、もともと持っていたAdobe Readerでも開いた。あーあ。やっぱりそういうことでしたか。
 最初の話どおり、トイレの作業が夕方になっていたら、私は佐藤さんの会社まで来てその事実を知ることになったわけで、なんだか偶然が重なってうまいこといった。

 かと思えば、いつも仕事をもらっている翻訳会社からは、「昨日、お願いする予定と伝えていた大口の翻訳案件は、案件が来てみたら意外に少なくて、別の一人の翻訳者さんで対応可能ということになったので、すみませんが今回はナシで」という残念なメールが来たりもした。

 なんだかいろいろと、うまくいったり、うまくいかなかったり、複雑な2日間だった。

絵画鑑賞

 常磐線沿線に住んでいたころ、大手町で半蔵門線に乗り換えて通勤していた。大手町の千代田線−半蔵門線乗り換え階段には、「駆け込み乗車は危険だよ」というメッセージの込められた、とても魅力的な絵が貼ってあった。

 先日、通勤で毎朝その階段を通らなくなって以降、2年半ぶりに通ったら、その絵はまだあって、嬉しくなった。通勤で通るようになったのが2003年のはじめで、その時からあったから、少なくとも5年ぐらいはずっと貼られていることになる。


 その絵がこれ↓

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※携帯で撮ったため、画像が粗くてごめんなさい。


 赤いシャツを着て、オールバックで後ろ髪を伸ばした、ちょっとした「かっこつけ兄ちゃん」が、急いだ余りにステーンと尻もちをつき、電車には乗れず、片足だけドアに挟まれている。そして、ものすごい自体で「あぶない!!」の文字。
 「駆け込み乗車は危険です」という程度の最低限の文言も書かれていないが、なんだか本当に、とても危ない感じがする。最近の、やたらとうるさい注意書きや放送に比べると、シンプルかつメッセージ性の高い、秀作だと思う。そこが認められて、はがされずにずっと貼られているのかもしれない。

 それと、この絵のセンスのよさが光るところは、描かれているのが「かっこつけ兄ちゃん」であるという点。写真ではわかりにくいが、その兄ちゃんがかなり情けない顔をしていて、えもいわれぬ「ざまあみろ」感が漂っている。転んだのがおばちゃんではこの味は出ない。どんな人が書いたのか、とても気になる。

 ずっと残っていてほしいなあ…と思う。

鉄道博物館に行ってきた。

 大宮にできた鉄道博物館に、いつもコメントをくれるマスザワ・サカキバラ両氏とともに行ってきた。

 「ゆりかもめ田舎仕立て」とも言うべきニューシャトルに乗って一駅目、その名も鉄道博物館駅で降りると、博物館まで、高架下の通路がレンガ色のタイル張りになっている。そして、そのタイル一枚一枚に時刻やら記号やらが書かれて、全体で東北・上越新幹線の開業時からの時刻表が作られているのはなかなか素敵である。

 で、自動改札機でピッとやって入館。入るととにかく広い。車両が置かれているスペースの幅もさることながら、もともと車両基地だった細長い敷地に作られているので、案内図を見ると、奥の奥までつながっている。
 万世橋にあった交通博物館は、スペースの都合から車両まるごとの展示は少なかったが、こちらは違う。「どうだ、広いんだぞ!」と言わんばかりに、いくつもの車両が転車台を中心にして放射状に展示されている。

 交通博物館は、もうすっかり昔々の車両が並んでいた感があったが、こちらは、引退はしたものの比較的新しめの、昭和風情の車両が数多く置かれている。特急列車の座席に座っては「なつかしいねえ」とか、旧型国電では「木の床の電車って、昔あったねえ」とか、「こういう網棚って今見ないねえ」とかとか。私たちのコメントがいちいちおばあちゃんみたいになっている。
 平日とはいえ、やはり子ども連れの人が多いので(って、おい学校はどうした)、御料車(皇室専用車両)とか北海道開拓時に使われた弁慶号機関車&客車なんてのには、あまり人気がないが、私たちは「こりゃすごいわあ…」なんて言いながら見入っている。
 「開拓使」と側面に大書された黄色い客車を見ては、北海道開拓当時の夢や気概を感じ、明治から大正にかけて甲武鉄道(中央線の前身)を走った古い電車を見ては、三四郎が四谷の土手下に音を聞いた電車はこれだったのか、と明治の世に思いを馳せたりもした。
 あとは、2階にある、鉄道に因んだステンドグラスがきれいだねえとか。

 …と、そんな、大人じみた楽しみ方をしてきた。大ジオラマ模型はなんとなく億劫なので、整理券をもらってまでは見ない。大人だから。出入り自由で通りすがりに見られるんなら見てもいいかな。

 さて、鉄道博物館は、新規に持ってきた車両の展示がメインになってしまったので、万世橋の交通博物館から移動してきたこまごまとした展示物が、2階の奥のコレクションギャラリーという1部屋に押し込められ、特に説明もなく、「捨てちゃうのもアレだから」的な雰囲気で、ただ、棚に並べられている。
 車両模型や信号機、駅の備品、ヘッドマークなどなど、なかなか面白いものが揃っているのだが、あまり立ち寄る人もなくてひっそりとしている。大人にはなかなか嬉しいスペースであった。

 帰りに、ミュージアムショップでおみやげを買った。特に何も買って帰る気はなかったのだが、衝動買い。あるいはジャケ買い。買ったのは「鉄道ずもうクッキー」というお菓子。
 箱の表には「列車を切り抜いて土俵で遊んでね!」と書かれ、裏に土俵が描かれている。電車の絵で相撲をとることに何の必然性もないという素晴らしさに惹かれ、買ってしまった。「鉄道ずもう」という造語、これもまた評価に値する。
 家で開けてみたら、中身は印象派的な汽車の絵が描かれたクッキー。食べたらけっこううまかった。

 まあ、1回行ってみて、「まあこんなもんかね」という印象だったので、それに入る気はないのだが、「teppa倶楽部」という会員組織があり、入ると年間フリーパスがもらえるらしい。鉄道博物館の「てっぱく」と「クラブ」をくっつけた名前らしいが、「クラブ」の方が単語としての印象が強いので、どうしても区切り位置は「てっぱ - クラブ」である。どうでもいいことだが、「鉄火」とか「てっさ」とか、どうも白い割烹着を着た和食の板前さんが思い浮かんでならない。

 で、話は前後するが、博物館の後は大宮へ戻り、東口駅前の「いずみや」さんで飲み。大宮を知っている人ならだれもが見たことのある、おやじ飲み屋である。
 つまみは、定番の「もつ煮」(注文から30秒ぐらいで来た)を手始めに、「うなぎ肝焼き」「浅漬け」「プレスハム」「チーズ」「韓国のり」(←小袋がそのまま渡される)などなど。こういう店で飲めるようになったなんて、大人になったなあ…と感慨もひとしおである。私が飲んだのはホッピーを2杯。

 結局、そんな飲みで本日は終了。いずみやさんには、鉄道博物館のおみやげ袋を提げた人など誰一人いなかった。

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「鉄道ずもうクッキー」の箱と中身。クッキーに描かれた絵は、妻に言われるまで汽車だと気づかなかった。

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取り組み風景。「こまちの勝ちぃ〜」てなことになる。

ぶたぶたぶた

 今日は雨が降ったり止んだり、時々強く降ったりする冴えない天気の中、妻と一緒に、養豚をやっている親戚の家へ、豚さんを見せてもらいに行ってきた。いつだったか、妻がテレビで子豚を見て、「うわあ、かわいい!」と言っていたので、「じゃあ見に行くか?」ということで、今日行くことになった。

 まずは船橋にある実家に寄って祖母を乗せ(行った家は祖母の妹さんのところ)、千葉の横芝ってとこまで。うちからの距離は片道約100キロだった。

 到着し、とりあえず家の中でお茶をいただく。家は、大正年間に建てられた、いわゆる古民家である。関東では一般的な、襖で仕切られる4部屋のぐるりを廊下が囲む、「田の字型家屋」というやつで、よく民家園みたいなところに移築されていたりする。
 おばさんは、「うちはまだ100年にもなんないから、あんまり古い方じゃないよ」と言うが、大正年間といえば90年ぐらいは経っているわけで、十分古い。でも私が子供のころに見た状態と変わってない気がするので、もうこれぐらい古くなると、それ以上古くならないのかもしれない。

 お茶の後、泥で汚れるといけないというので、保健所の立ち入りか何かみたいな白い紙製のツナギを着て、長靴を履き、この家のお兄さん(といっても父のいとこなのだが)に案内してもらって、いざ豚舎(とんしゃ)へ。
 この家には10年ちょっと前に来た覚えがあるが、豚舎の方は、むかしむかし、子供の時に見せてもらって以来、20年以上ぶりに足を踏み入れる。普段はめったに嗅ぐことがないが、とても懐かしい臭いがする。子供のころから、この家の豚舎に出入りしていたおかげで、私は豚の臭いを嗅ぎ分けることができる。


 さて、豚舎。あ、いるいる。

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子豚。生後9日目だって。

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抱かせてもらった。体温は人より高く、とても温かい。

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お子さんたちお食事中。

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あ、お母さんこんにちは。お邪魔してます。


 豚舎は、お母さん豚と赤ちゃん豚が入っているのだが、道を挟んで反対側の、ちょっと離れたところには運動場がある。運動場とは、育ち盛りの豚たちが暮らしているところで、餌は機械で自動的にやるし、豚はトイレを一定の場所に決めるので頻繁に掃除をする必要もなく、だいたいほったらかしでいいらしい。

 運動場へ向かう道の途中、道の左側に立派なネギが植わっている畑があった。畑に植わっている状態のネギの立派さを競う審査会があって、生育ぐあいや立ちっぷりを評価するんだそうで、この畑はこの地区の代表選手だそうだ。いろんなコンテストがあるものである。


 そうして、運動場に着いた。

 柵のところで手を出してじっとしてると、「なになに?」と寄ってくる。意外と好奇心旺盛である。そうかといって全員が同じように寄ってくるわけではなく、あっちの方で、一人でそっぽ向いてるやつとかいる。けっこう個人主義的なところがあるようだ。

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これで生後3か月ぐらいらしい。

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豚の目って人形の目みたいだ。「眼球入ってます!」って感じ。鼻っつらはけっこう硬い。

 お兄さんに話を聞くと、近代的な豚舎にし、重機を使って省力化しても、生き物を飼うわけだから、農業と違って農閑期がない。どうしても豚舎の餌やりだけはサボれないので、年中365日、ちょっとずつは必ず仕事がある。だから、家族揃って泊まりがけの旅行なんてのはできないし、正月早々おとな豚が逃げ出して、近所の庭を荒らすやら、駐車場の車を凹ますやらで大変だったこともあるという。我々サラリーマンの家庭とは全然違う暮らしである。

 さて今日は、田舎では洋菓子屋が珍しくて子供らが喜ぶというので、うちからは、近所のうまいパン屋でアップルパイを買って持っていった。そしたら、あちらの家からは、ゆで落花生、白菜、ねぎ、大根、さといも、ヤーコンなどなど、農作物をどっさりもらった。それから、「私が嫁さんつれてやってくる」と聞いて、車で30分ぐらいのところに住んでいるお姉さんも来てくれて、地元名産のさつまいもを箱でくれた。そんなこんなで、わらしべ長者みたいになって帰ってきた。
 春なら裏の竹林でたけのこが掘れるし、夏にはスイカができるから、また来なさいと言われた。洋菓子一つでそんなに喜んでもらえるなら、いくらでも行きましょう。それにしても、農家ってすごい。

 妻は念願の豚さんに会えて嬉しそうだったし、祖母も私ら夫婦と出かけるというので喜んでいた。あちらの家でもだいぶ歓待してくれて、アップルパイは子供たちに大人気だったようだし、なんだか、いろんな方面にわたっていい一日になったようだ。

テレビを見ながら考えた。

 今日の午後、テレビをつけたら、「関口知宏の中国鉄道大紀行」のダイジェスト版をやっていた。
 毎晩12時過ぎに10分間だけ放送する「日めくり版」を見ようと思っているとたいてい時間は過ぎていて、今日のような思いがけない時にやっていたりする。

 今日放送していたのは、東北部の吉林省・黒竜江省、日本では昭和20年まで「満州」と呼んでいた辺りだった。私は吉林省で1年間、日本語を教えていたことがあり、東北部の晩秋の風景はとても懐かしいものだった。

 番組は、「新京」と呼ばれ、満州国の首都だった長春を出発し、北朝鮮との国境の町図們(ともん)を経て、黒竜江省の鶏西という町に着いた。鶏西では、91歳のおじいさんの家に招かれた。満州時代、おじいさんの身近にも、日本人がたくさんいたという。おじいさんは、「日本人はみんな礼儀がいいね」などと60年以上前のことを懐かしそうに語り、覚えているあいさつ言葉「コンニチハ」「コンバンハ」を披露してくれた。
 そんな身近で暮らしていた日本人だったが、昭和20年夏、急に終戦を迎え、日本人がシベリアに抑留されるために運ばれて行った。離れ離れになる家族の様子を見、連れられて行った先でのことを案じて、おじいさんはとても辛かったという。

 終戦後、中国でも韓国でも、「日本=悪」という教育がされてきた。その結果、個人的には日本が好きであっても、「国民たる者すべからく日本は悪と思うべし」というような風潮ができあがっていて、時に、若者たちによる反日デモが起こったりするし、戦後間もない時代に生まれた、私の親ぐらいの世代の人の中には、心から思っている人だってざらにいる。韓国でタクシーに乗っていて、私が日本人だと知るや、急に運転手が不機嫌になり、車から降ろされたこともある。

 しかし、実際に日本に占領されていた時代を知っている人々の記憶はそうでないことが多いようだ。私も、韓国に留学していた当時、あるおじいさんから、「日本っていう国は悪いことをしたが、近所にいた日本人はみんないい連中だった」という話をじかに聞いたことがある。
 シベリアへ運ばれて行く日本人をその場で見た、鶏西のおじいさんの感情も、日本人が運ばれて行くからといって「ざまあみろ」ではなかったのだ。しかし、もしかしたら、戦後の教育の下では、その場面は「ざまあみろ」と思うべき場面であるのかもしれない。

 韓国でも中国でも台湾でも、こちらが日本人であるとわかると、「日本人デスカ!」と片言の日本語で一生懸命話しかけてくれるおじいさんやおばあさんがいる。その顔は、「日本=悪」なんてものとは正反対で、一様に、とても懐かしいものを思い出すような顔をしている。彼らの中には、日本占領下の記憶は懐かしい思い出として残っているのだ。

 もちろん、私は、日本がアジア各地を占領していたことを正当化するつもりは毛頭ない。土地を奪って、名前を変えさせ、日本語で皇国教育なんて、もってのほかの蛮行だ。けれども、現在の「日本=悪」の図式に基づく反日感情は、戦後の教育によるところが大きいのは確かだろう思う。

 日本の占領下に生きた人々は、日本と日本人について、公平に語ることができる生き証人である。とても難しいことだというのはわかっているが、もし国家が、そういう人々の記憶をもっと大事にし、一方的な物の見方だけを植え付けない教育や政治を行うことができるならば、日中・日韓間に限らず、国家間の争いごとや悪い感情といったものは、かなり減らすことができるのではないかと思う。

 中国でも韓国でも、そう遠くない未来に、身近に日本人がいた記憶を持つ世代の人たちがいなくなる。そうこうして、そういう生きた記憶がだんだん薄れていくことで、結局時代は繰り返す。残念ながら、そういうことなのかもしれない。

 テレビを見ながら、そんなことを考えた。

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私が日本語を教えていた学校は丘の上にあった。秋から冬に移る頃、街を望んで撮った一枚。

ハムスターの可能性について。

 当ブログのプロフィールの写真にも写っているが、我が家ではハムスターを1匹飼っている。

 うちに来てからはや5か月がたった。ペットショップのお姉さんの話では、4月に生まれたらしいので、生後約7か月ということになる。その間でずいぶん立派になり、こちらとしてもいろいろとわかってきた。そして見ているうちに、ネズミの仲間というのは、進化する要素を多く持った生き物なのではないかと思うようになった。そこで、その辺について、ポイントごとにたらたらと書いてみる。


・好奇心旺盛である。
 新しいものを見せると、恐れることなくとにかく近寄ってきて、それが何であるか確認する。だから、普段の姿を写真に撮ろうとしても、「それ何ですか」とばかりにカメラに寄ってくるので、ちゃんと撮影できない。
 こういう動きをするのは、比較的知能の高い生き物であって、たとえば、猿、犬、猫、イルカ、鳥類ではカラスなどなど。好奇心がないとまず進化できないわけで、この点でネズミは進化の可能性を持っているといえるだろう。


・前足でものをつかむことができる。
 えさを与えると、器用に両前足でつかんで食べる。カブの葉っぱとか、ひらひらした薄いものをやると、食べやすいように折りたたんで食べたりすることもある。土手でエノコログサ(猫じゃらし)を摘んできてやったときには、あの一粒一粒の実をちゃんと剥いて食べていた。でも、ちくちくするし、ずいぶん大変だったようで、そのうち飽きてしまった。
 それはさておき、手先が器用と言うことは、道具を使うのに有利であるということである。犬の方がネズミより断然賢いが、手先の器用さで言えば、ネズミの方が大きくリードしている。


・後足の足の裏全面が地面に付く。
 多くの哺乳類は、人に例えて言うなら、つま先立ちをしている状態である。だから犬でも猫でも馬でも、ふくらはぎのように見える辺りにポチッと硬い出っ張りがある。あれが人で言うところのかかとである。それがネズミの場合、猿や人と同じように、足の裏全体を地面に付けてぺたぺた歩く。だから、踏んばりがきいて、直立二足歩行に適している。
 実際、うちのは最近、足腰が立派になって来て、こちらがえさをやる様子を見せると、5〜6歩は余裕で歩くようになった。ちゃんと仕込めば、もっと長い距離を歩きそうである。


・足の付け根の関節がかなり柔軟に動く。
 足の付け根の関節が人とか猿と同じぐらいに開く。だから、ある時丸っこい形をしていたかと思えば、平べったくなって隙間をすり抜けたりもする。後足で背中をかけるのは犬や猫も同様だが、前足も頭の後ろまで回る。猫はかなり体の柔らかい生き物だが、関節の構造上、そうはいかない。
 これが何に使い道があるのかと言えば、即座には思いつかないのだが、動作の範囲が広いということは、可能性を拡げることにつながるだろう。


 さて、そんなわけで、ネズミの仲間はかなり高い可能性を持っているように思ったわけである。特に、「直立二足歩行+前足で物をつかむ」という組み合わせは素晴らしい。だが、かなり致命的な問題点が1つあった。それは寿命が短いということ。
 ハムスターの場合、うちにいるジャンガリアンハムスターで2年。ゴールデンハムスターでは3年程度とのこと。そんなに短いので、人が学校に通うように、ライオンが狩りの練習をするように、後から新しい能力を習得する時間がない。だから、誰に教わらなくても、生まれつき結構なんでもできるようにできている。そして、後から習得する必要がないせいか、すぐ物事を忘れてしまう。リスが森の中で、土に埋めた木の実を忘れてしまい、そのおかげで春に芽が出るようになっているというのは、よく知られた話だ。

 人は、新たなものを習得しては、その知識を仲間と共有し、または子々孫々受け継ぐことで、今の文明を築いてきた。しかし、ネズミにはその見込みがないのである。せっかくの好奇心と身体能力を持っているのに、なかなかうまくいかないもんだと思う。
 けれども、それがちゃんと進化していたら、われわれ猿の仲間はネズミの進化したやつにペットとして飼われたり、農耕用の家畜として使われたりしていたかもしれない。そう思うと、まあ、今の状態でよかったのかな…とも思う。

20071109satsuki.jpg
坂本竜馬とか、写真撮るのにじっとしてなくちゃいけなかった時代の写真に、
こういう片肘ついてるのがありますな。


覚えてしまった言葉

 別に覚える気もなかったのだが、ここ数か月ですっかり覚えてしまい、スラスラと言えるようになった長い言葉がある。

 それは…、

アメリカの低所得者向け住宅ローン「サブプライムローン」の焦げつき問題に端を発した世界的な信用不安

というやつ。

 いわゆる「サブプライム問題」とかっていうやつで、「サブプライムショック」という場合もある。また、「世界的な」の後は「株安」とか「金融市場の混乱」などのバリエーションがある。

 前にこのブログでも書いたが、我が家の台所はNHKしかラジオが入らないため、夕食の準備をしながら聞いているのは、もっぱらNHKラジオである。
 民報では「例の…」「あの…」という感じで「サブプライム問題」と簡単に片付けてしまうことが多いようなのだが、NHKは、かつて「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と、それ関連のニュースの最初で必ず1回はフルで言っていたように(最近、言わないようになった。何か変わったのかな)、「アメリカの低所得者向け住宅ローン「サブプライムローン」の焦げつき問題に端を発した世界的な信用不安、いわゆるサブプライム問題」と1回は必ず言う。

 それ自体は、私の暮らしと直接は関係しないことのようなので、「へー」というぐらいの対象なのだが、まあ、そういった経緯で、言葉自体はフルで覚えてしまったという次第。


 毎年、年末になると、「新語・流行語大賞」の発表という、どうでもいいイベントが行われる。
 実際、「サブプライム」なんてのが何位かに入るかもしれないけれど、その節はぜひ、「アメリカの低所得者向け住宅ローン「サブプライムローン」の焦げつき問題に端を発した世界的な信用不安、いわゆるサブプライム問題」という一つの単語として取り扱っていただきたいものである。

受かった。

 9月に韓国語能力試験というのを受けたのだが、今日、それの合格発表がネット上であった。
 結果は6級に合格。6級というと、下の方の級みたいな数字だが、これが実は最上級。それに受かった。おめでとう、自分。

 私はかつて韓国に語学留学していて、5級という級(つまり上から2番目)まで修了して帰ってきた。そして、その帰国した年に行われた第1回の試験を受けたところが、問題は甚だ難しく、ちゃんと修めて帰ってきた5級の試験に落ちた。後から公式サイトで結果を見ると、5級の合格率14%だったそうで、第1回とはいえ、それは試験問題作成時のレベル設定がいけなかったといえる。
 その試験問題を作成した人のうちの1人が、5級の時の担任の先生だったので、試験の後、韓国へ行った折に、学校に遊びに行き、「難しかったですよ!」と、先生に直々に文句を言ったことがある。

 その後、また落ちるのも嫌だしなあ…と面倒くさくなっていたら、昔に比べて易しくなっているという話を聞いたので、去年受けてみて5級に合格。そして、今年また受けて6級に受かったという次第。

 ただ、この試験、手間の関係からか、英検のような面接はないので、上級の試験に受かったとしても、実際のコミュニケーションにおいてはどうなんだ?6級レベルなの?という疑問はある。
 言葉というのは、それをどう運用してコミュニケーションをとるか、という点が重要なんだし、仕事に活かそうと思ったら、外国語それ自体はあくまで一つの道具でしかないので、その道具を使って何ができるのか、というところが大事なところだと思う。

 まあ、6級に受かったことで言えるのは、とりあえず「これまでよりちょっとだけ威張っていい」ということかな?と思っている。

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プロフィール

きちい

Author:きちい
好きなこと:
ぷらっとそのへんへ出かけること。もちろん遠くへ出かけることも好き。それから、おいしいものを作ることも好き。
住んでいるところ:
埼玉県の川口と浦和と岩槻と越谷の境目のあたり。

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