2007-12

仕事納めドライブ

 昨日は仕事納めであった。

 この12月から勤め始めた今の会社は、毎年最終日は、朝出勤してくると掃除をして、昼にえらい人のお話があって三本締め。昼過ぎには「よいお年をー」という流れになるんだそうだ。だから、駅までの社バスもその時間に合わせてあって、午後2時過ぎが最後とのこと。

 とはいえ、わが部署は日頃より長時間労働を指摘されていて、最終日とはいっても、すべきことがどっさりある。だから、そんな時間に帰ることなど、誰もできないのである。
 が、部署内十数人の中で、帰りの足がないと言って困る人はなんと私だけ。ほかの人は全員車通勤なのである。田舎の工場ってすごいや。

 ということで、ちょっとお試しも兼ねて、私も車通勤してみた。

 入社早々に自家用車の有無を聞かれ、「とりあえず書いときなさい」と言われて駐車場の申請書を書き、その数日後には車のダッシュボードに置く「駐車場利用許可証」をもらった。だから、駐車場はすでに使えるようになっている。なのに、まだ名刺はもらっていない。

 朝の一般道は時間が読めないので、行きは高速。川口西→大泉→本庄児玉…と来てみたが、いやあ遠い。そして関越道は下り線でもけっこう車が多い。もっとガラ空きかと思っていたが。
 電車で通勤するのと同じ時間に家を出て、出口のすぐ手前の寄居パーキングエリアで15分ほど休憩しただけで、ほぼ始業時刻に到着したので、正味1時間45分の所要時間。だいたい、通勤途上でパーキングエリアで休憩をとるってどういうことだ。

 そして仕事。帰りの時間を気にしなくてもいいのを幸いに(というより「お先に!」と帰れる状況ではなかった)8時半ごろまで働いた後の帰り道。
 会社がある工業団地から、県道で岡部駅前→国道17号深谷バイパス→熊谷バイパスと来るが、鴻巣から先、17号を正直に走っていくと時間がかかるので、熊谷バイパスの途中で脇へそれて、県道77号行田蓮田線という道をひたすら走る。
 この道を来れば、蓮田→岩槻を経由して、ほぼ直線に近い道筋で我が家へ帰ってくることができる。そして車が少なくて、信号がない分、ものすごく速い。いや、もちろん制限速度で走っているわけではないから速いのだが、まあまあ、それはいいじゃないですか。

 行きは高速で意外に時間がかかり、帰りは一般道でものすごく速く走れて、結局どちらも1時間45分。電車ならその時間眠ったまま運ばれていくわけだし、それに、とにかく費用もかかる。ガソリン代高いし。
 いずれにしても、自分の犯したミスのせいで休みの日に出社しなくちゃいけなくなった時とか以外は行きたくないなあ…と心から思った。

連想。

 電車の中。週刊誌の中吊り広告に、「IHI釜社長6ヶ月間無報酬」とか何とか書いてあった。

 IHI(旧石川島播磨重工業)が、プラント事業でもって87億円というものすごい赤字を出し、その責任を取って、社長の釜さんという人が、6ヶ月間給料ヌキということになったらしい。社長の苗字が「釜」である。

 その文字列を見て思ったこと。それは、


 象印IH炊飯ジャー


 まあ、象印でもタイガーでもメーカーはどうでもいいのだが、「IHI」と「釜」で直感的に、なんだか、ごはんが炊けそうな気がした。

 それだけのこと。

大きな買い物。

 ちょっと大きな買い物をした。というのはこれ。

20071223memma.jpg

 塩蔵メンマ2キロ。大きさを比べるために、名刺を置いてみた。

 味付けして売っているメンマは手軽で、決して値段も高くはないのだが、いかにも人工的な味がして、あんまり好きではない。だから我が家では塩蔵メンマを買ってきておいて、塩抜きして細切りねぎと一緒に煮たりして使っている。ラーメンの具にも、ごはんのおかずにも大変よろしい。そんな塩蔵メンマを少し前から切らしていて、「ほしいなあ」と思っていた。

 昨日、都内へ出かけたついでに大久保と上野、そして帰りに西川口の中華食材店を回ってみたが、どこの店でも2キロ入りしか売っていない。以前うちにあったのは500グラム入りかなんかの小さい袋だったが、メンマは2キロがデフォルトなんだろうか。
 小袋がどこで売っていたんだろうと思い返すと、たぶん横浜に住んでいた時で、中華街の食材屋で買ったんだった。そうだったか。だからといって、埼玉から中華街へそれを買うためだけにでかけるってのもアレだ。

 ということで、本日、やむを得ず2キロ入りを買ってきた。場所は川口、イオンモールキャラの近くにある業務用スーパー。ここにも売っているのを以前に見て知っていたが、2キロ入りということで、手が出せなかったのである。値段は、昨日見て回った店と比べて一番安くて、なんと698円。
 塩蔵なので使わない時には冷蔵庫にしまっておけば腐らないし、どうせそのうち食べきるので、2キロ買おうが3キロ買おうがどうでもいいのだが、さて2キロのメンマを家に持って帰ってくると、「すごいものを買ったなあ」と感慨深い。


 で、今日はイオンモールキャラでも買う物があったので、寄ってきた(こちらの方がメインだったのだが)。ここの駐車場はいつも混んでいて、案内の人がいないので、空いてる場所を見つけるまで、延々と駐車場内をぐるぐる回らなければならない。

 それはさておいて、1階のスーパーにこんな棚があった。

20071223aeon.jpg


 ミネラルウォーターの売り場なのに、「辛い味コーナー」「醤油味コーナー」「みそ味コーナー」とは。あまりに前衛的な品揃え…というのではなくて、この裏側はカップラーメンの棚であった。味ごとに陳列を分けたことを示す看板を、片面だけ作ればよかったのに、ついうっかり裏表で作ってしまったため、こうなってしまった模様。
 だいたい、裏表ともカップラーメンコーナーであることはあり得ないわけで、一生懸命さを感じる手作り看板であるだけに、「しょぼーん」とした気持ちにさせてくれる逸品である。この状態を「まあいいんじゃん?」と許している店長さんは、きっと素敵な人物だろうと思う。


 メンマ。袋の裏を見たら、開封後は10度以下で保存し、10日以内に使い切るよう書いてあった。ごめん、さすがにそれは無理。

時には快適な通勤を。

 高崎線の本庄というところまで通い初めて1週間が過ぎた。本庄の2駅先はもう群馬県である。

 乗ってみるまで知らなかったことだが、高崎線の朝の下りというのは、どこまで行っても混んでいる。なぜか。どうやら高崎線沿線は、宇都宮線沿線に比べて工場が多いらしく、通勤の人々がけっこう乗っている。浦和で私が乗る時にはなんとか座れるが、大宮からでは絶対に座れない。まるで下りとは思えない混雑ぶりである。

 通勤の人々は、上尾、桶川、鴻巣…と減っていき、せいぜい熊谷あたりまでで降りてしまうのだが(さすがに私のように本庄まで通う人はあまりいないらしい)、困ったことに、その穴を埋めるようにして、高校生がじわじわと増えてくる。で、この高校生がなかなか降りない。
 その高校生の目的地というのが、なんと本庄なのである。本庄には県立高校が2校と、なぜか私立高校が3校あって、この私立高校の生徒が上尾とか桶川あたりからも通ってくる。

 私の乗っている電車は本庄に8時10分に着く電車なので、そりゃ高校生だらけなのも無理はない。本庄で降りると、改札を出るまでに5分近くかかるぐらいの大混雑を呈する。

 さて、昨夜は日曜日であったが忘年会で、12時頃に家に帰ってきた。中生1杯、焼酎をロックで3杯、ラムネサワーにオレンジ絞ったやつを1杯飲んで、今朝はやや二日酔い気味であった。しかしそれでも、朝になれば6時半前に家を出なくてはならない。1本遅い電車は24分後なので、何が何でも起きて出かけないわけにはいかないのである。

 そこでですよ。今朝は奮発してグリーン車に乗ってみた。2階建てグリーン車の場合、2階席は眺めはいいが、位置が高い分左右に揺れて、あまり乗り心地はよろしくない。だから、本気で休息したければ1階席である。
 浦和駅で乗り込むと、1階席には誰も乗っていなかった。日のあたらない左側に座り、座席を少し倒し、耳栓をしてメガネも外し、窓のカーテンを降ろして即就寝。浦和から本庄までは1時間10分かかる。
 その結果、お目覚めすっきり、前夜遅くまで飲んでいたとは思えないほどの、快適な始業を迎えることができた。飲んだ翌日はグリーン車に決定である。さらに、本庄駅のグリーン車の停車位置は、たまたま階段のすぐ脇で、なんと先頭を切って改札を通ったりもした。

 ちょっと遅く起きて新幹線で時間短縮するのと、グリーン車に乗るのは、たまたま同額の950円の出費なのだが、新幹線だと乗車時間が短いので睡眠はとれない。だったら、起きて家を出るのがちょっと苦しくても、グリーン車でゆっくり寝た方がよさそうだ。
 グリーン車ってすばらしい。これから週に1度ずつぐらいは使うことになりそうな気がする。

寝言

 仕事が始まって1週間。勤務先は工場なので、まず始めは研修ということで、生産現場の人々と同じような作業をしている。もちろんそれの為に雇われたわけではないが、自分の会社で作って売っている品物のことを知らなければどうにもならない。

 研修期間ながらも残業して、2時間の長距離通勤のため、帰ってくると寝るまで3時間ぐらいしか時間がない。そのため、ちっともブログの更新ができないでいる。書きたいことはあちこちにあるのだが。

 で、取り急ぎ表題の件。

 帰宅したら、妻が「あなた、ゆうべ寝言言ったわよ」と教えてくれた。何と言ったのかと尋ねると、


 「タンクはすみやかに…」


といったそうだ。 何か自分に言われたのかと思い、妻は「何?」と問い返したそうだが、すーすーとまた寝てしまったと言う。

 全然意味が分からないが、タンクはすみやかに。ちょっといいフレーズだと思う。何だか、「トイレ、その後に」とか、小林製薬の商品名みたいだな、と思った。

 

きたぐに(1)

 前回の日記で書いたが仕事が決まった。そうなると、始まる前にちょっとどこかへ行って来ようと考えるのは、ごく自然なこと。ところが、なにぶん急に決まったもので、時間の余裕がない。
 さらに、失業給付を受けている関係で、毎月1回職安に行かなければならず、今月は一昨日、4日だった。その日は自分の都合で変えることができず、行かないとお金はもらえない。加えて就職の前日には、給付終了手続きのためにまた行かなければならないので、2日後である6日にもまた行かなければならないということになっていた。

 そんなあほみたいな切迫したスケジュールだったのだが、もちろんあほみたいに出かけてきた。幸いなことに、4日の職安は時間指定が朝イチの9時からだったので、旅支度を携えて職安へ行き、その足で新幹線に乗って大阪へ。大阪には夕方に到着した。

 旅の目的は大阪観光ではなく、大阪発新潟行きの急行「きたぐに」号という夜行列車。どこかに泊まってゆっくりする時間はないので、せめて何かに乗ろうと考えて、ちょうどよかったのがこの列車であった。寝台車に揺られて翌朝新潟に到着し、高速バスで帰れば1日半あれば余裕で一回りしてくることができる。
 と言っても、夜行で一回りしてくればなんでもよいというわけではなくて、特にこの列車を選んだポイントは、寝台車なのに、機関車がひっぱる所謂ブルートレインではなくて、「ひたち」とか「あずさ」のような“電車”であるという点である。

 「きたぐに」号は大阪駅を23時27分に発車し、日本海に沿って福井、金沢、富山、直江津…と北上していって、新潟駅には朝8時30分に到着する急行列車で、自由席が4両、B寝台が4両に、グリーン車とA寝台が1両ずつ付いている。大阪や京都から新潟方面への長距離移動はもちろんのこと、直江津あたりから乗って長岡から新幹線に乗って東京へ向かうにも使えるし、かと思えば、新潟に朝9時前に到着するので、途中の新津からは急行券不要の「快速」になって通勤の人々を乗せて…と、八面六臂の大活躍を見せてくれる。

20071205kitaguni.jpg
これが「きたぐに」号。ぱっと見はフツウの特急電車だ。

 列車は大阪駅10番線に23時15分ごろに入線してきた。大阪では友人と会って腹いっぱい飲んで食べていたので、とりあえず飲み物だけ購入し、パチパチと何枚か写真を撮って、私の寝床のある9号車へ。車内に入ると、なるほど、寝台車であった。

 しかし、多くの寝台車で用いられている、車両片側に通路があって進行方向と垂直に寝る形ではなく、中央の通路をはさんで左右に寝台があり、進行方向と平行に寝るようになっている。どうしたわけで、このような構造であるかと言うと、夜は寝台車だが、昼は寝台を解体して、向かい合わせのボックスシートとして使うことができる昼夜兼用車両なのである。
 3段のうち下段は、ボックスシートの部分を引き伸ばして寝台にしているわけなので、寝台の幅が中段と上段に比べて広く、大きな窓を独り占めすることができる(中段と上段には小窓がある)。そのため寝台料金は中段と上段と比べて1,050円高い。幸いにして、この下段を確保することができた。

20071205kitaguni_Bshindai.jpg
通路の両側が寝台で、さらに3段なので、だいぶ圧迫感がある。

 乗客の多くはおじさんで、車内に入った時には、浴衣にみな着替えるのでざわざわしていた。こういう構造だし、寝台の天井も低いので、通路で着替えるのが楽なのである。発券時に男女の区別はしていないし、女性専用車両もないので、実際におじさんの比率が高いのだろう。乗り慣れた人ばかりのようで、私のようにきょろきょろあちこち見回している人などいない。
 そこへ、「お支度のできた方から順番に切符を拝見いたしまーす」と年配の車掌さんがやってきた。深夜の停車駅で降りる人が起こしてくれるように車掌さんに頼んでいる。
 子ども連れもいなければ、車内の写真を撮ったりする人もいない。みな所用で乗る人ばかり。常連ばかりの飲み屋に一人で入ってしまったような気分である。走り始めて、新大阪を出たころにはみな各々の寝台にもぐりこんでしまった。

 もう時間も遅く、車内を徘徊するわけにもいかないので、寝台に入って各部を観察してみる。なんとも表現が難しいのだが、上から中段寝台の底になる部分が下りてきて、どボックスシートの背もたれのてっぺんに当たる部分にちょうど乗っかって支えられている。そしてなんとも几帳面なことに、窓側の斜めになっている部分にはフックがあって、ハンガーが掛かっている。

20071205kitaguni_gedan.jpg
下段寝台。ボックスシートに縦に寝ることになるので、かなり幅が広い。

20071205kitaguni_inthebed.jpg
中の眺めはこの通り。幅は広いが天井が低い。

 窓から外を眺めることにしたが、やがてそれも飽きたので、大津を過ぎたあたりで布団に入った。

(2)へつづく。

きたぐに(2)

 初めての電車寝台だが、機関車が引っぱるタイプと異なり、停車・発車時の衝撃がかなり少ないようだ。夜中でも主だった町の駅にはすべて停車するので、15〜30分ごとに走ったり止まったりするものの、揺れは気にならなかった。しかし、これは乗ってみるまで想像していなかったことだが、座席を伸ばして寝転がっているわけで、座席の下にあるヒーターのせいで寝台と体が接している部分がけっこう熱くなる。だから、時々布団を剥いでは、寒くなって目が覚めたりしたけれども、概ね快適に眠っていられた。

 朝は、5時56分の直江津到着前の車内放送で目が覚めた。どうせこれから先はあまり眠れるわけではないから起きていようと決めて、ベッドの上に胡坐をかいて窓の外を眺め始めたのだが、3段寝台なのでいかんせん天井が低い。寝台の壁に寄り掛かっても窮屈である。そこで、荷物をまとめて自由席車に移動した。寝台専用列車じゃなくてよかった。
 自由席車に来てみると、大阪・京都から乗ってきたような疲れた感じの人はあまりいないようである。これからどこかへ出かけるために、途中駅から乗ってたと思われる人が多い。長岡でから新幹線で東京へ向かうのか、サラリーマン風の人もちらほら見える。

20071205kitaguni_jiyuuseki.jpg
座席車のようす。さっきまで寝ていたのと同じ車両とは思えない。どうやら、網棚の奥のカバー部分がくせ者である。

 さて、座席車に来てみて、興味深いのはやはり、この車両の構造である。ボックスシートが並んでいるが、さっきまで寝ていたB寝台車と車両自体が同じとは思えないぐらいにすっきりしている。さっそく、座席や天井まわりの構造を眺めてみる。この座席の状態から寝台車にするための手順は、おそらくこういうことだろう。

 まず、ボックスシートの双方から座席の背もたれを引き出すとぴったり平らになるので、そこが下段寝台になる。引き出されて背もたれがなくなった部分には、読書灯が隠されている。中段と上段については、どうやら網棚を上へ跳ねあげてどかし、プラスチック製のカバーを被っている部分をバタンと下に下ろすと、そこにはマットレスが隠されていて、中段寝台になる。
 さらにその奥に上段寝台となる部分が隠されているのでそれを出し、元の位置に戻した網棚で上段寝台を支えるという仕組みらしい。なんだかパズルのようであり、いかにも日本人らしい細かい仕事が随所に見られる。よくまあこんな車両を作ったもんだと思う。


20071205kitaguni_system.jpg
寝台車の様子を思い出しながらよく見ると、「あの部分がこうなって…」というのがわかる。

 それにしても上段寝台は網棚の上に寝ることになるわけで、いくら天井の高い電車であっても窮屈だ。この電車が製造されたのは昭和40年代前半。その頃は飛行機が高級な乗り物で、長距離であっても鉄道で移動するのが当たり前だった。さらに新幹線も新大阪までしか開通していなかった。そんな時代を反映して、昼でも夜でも使えて、とにかく大量輸送が可能という設計思想によって生まれた車両である。
 しかし今となっては寝台列車自体の必要性が薄れ、座席車として使おうとしても、リクライニングシートではないし…という全く時代に合わない車両になってしまった。そのため、現在、国内で唯一残る3段寝台車であり、定期列車でこの車両が使用されるのは「きたぐに」号だけになっている。

20071205kitaguni_raikouji.jpg
目が覚めてみたら雪景色だった。7時05分、来迎寺(らいこうじ)に停車中。

 さて、車窓は雪である。4日から5日にかけては、全国的にこの冬一番の寒さだと、家を出てくる時に見たニュースで言っていた。

 長岡で14分停車するので、改札外にあるコンビニに行って、朝食のパンと新聞を買ってきた。新聞によると、平野部ではこれが初雪で、例年よりもだいぶ早いらしい。夜行列車に乗って、朝着いた土地の朝刊を買って読む瞬間というのは、なかなか幸せなものであると思う。
 そして、8時10分に新津着。ここから新潟までの少しの間は、快速列車に格下げになり、通勤の人々を客を乗せて走る。なるほど、ホームには列を作って人々が待っていて、新津で8割方座席が埋まり、次の亀田では満席になった。そうして定刻の8時30分に新潟着。通勤客に紛れて降りるので、全く旅情を感じない終着駅到着であった。

 それにしても面白い列車であったし、面白い車両だった。もしかしたら「きたぐに号」のような、長距離、短距離、通勤輸送なんでも賄うような列車には、意外にもこの車両が適しているのかもしれない。いろんな人に「一度乗ってみな」と勧めたい列車である。

 新潟の街をぷらぷらしたりして、帰りは新潟駅から池袋行きの高速バスで帰ってきた。天気予報どおり寒さで、山間部では大雪となり、途中からはチェーン規制となった。たまたま乗っていたのは新潟交通のバス(東京側からは西武バスが走っている)で、前の車を煽って追い抜き、びゅんびゅん飛ばす。雪道を知らない私にはやや怖いような道だったが、こんな時に新潟のバスでよかったと心底思った。

20071205echigokawaguchi.jpg
越後川口サービスエリアで休憩。関越トンネルにかけてもっとすごい雪になった。

おわり

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プロフィール

きちい

Author:きちい
好きなこと:
ぷらっとそのへんへ出かけること。もちろん遠くへ出かけることも好き。それから、おいしいものを作ることも好き。
住んでいるところ:
埼玉県の川口と浦和と岩槻と越谷の境目のあたり。

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