2008-01

海外出張

 12月入った会社は、とあるメーカーなのだが、原料供給元の1社が韓国にあって、そして、その会社の工場が中国の天津にある。というわけで、22日から今日まで、天津と韓国をいっぺんに行くという豪勢な出張に、通訳見習いとして同行させてもらった。

 私はこれまで、出張のある職場に勤めたことがなかったので、生涯初の出張が海外出張となった。

 上司や営業のエライ人が一緒だし、先方の人もみんな初めて会う人たち(私は初対面の人と接するのが苦手である)ばかりで、勝手がわからず、常に気を張っていて、大変くたびれた。それに韓国は、「お膳の脚が曲がるほどのたくさんのごちそう」なんて言葉があるぐらい、とにかくお客様をもてなさないと気が済まない国なので、仕事の後も、「じゃ、後は適当に」というわけにいかず、毎晩なんだかんだ飲んでいた。それで翌朝はちゃんと起きなくちゃいけないし(仕事なんだから当たり前だ)。

 ちっとばかし真面目なことを言うなら、私は、まだ仕事の内容についてもわからない点が多い。そして、向こうにも日本語ができる人がいるので、全部を私が通訳するわけではなかった。しかし、向こうの会社で主に通訳を担当していた人は、現場の視察のように、各自が思い思いに作業を見回るような場面でも、常に周囲に気を配っていて、必要とされている位置に移動し、適切に通訳の仕事をしていた。その日本語能力もさることながら、通訳としての技術においても、とても見習うべき点が多かったと思う。

 帰り、成田空港で上司と別れる時に同行させてくれたことについてお礼を述べると、「まあ、やっていって慣れるしかない。でも、中国や韓国に抵抗のない人が入ってくれてよかった」と、妙なところでありがたがられた。
 たしかに、天津に着いた日の空き時間、零下10度にもなる寒さの中、ホテルの周りをうろつき、干しぶどうを買って、ヨーグルトを飲んできたりした。それを上司に報告したら、かなり驚かれた。上司も、そこまで抵抗ないとはさすがに思っていなかったかもしれない。

 今回行かせてもらったおかげで、「天津−ソウル」という、ふつう日本人が乗ることはめったにないであろう飛行機に乗ることができたのは1つよかったこと。
 早くいろいろ覚えて理解して、せっかく外国に行くんだから出張でも楽しめるようにならなきゃいけないなと、切に思った次第である。

 ところで、天津で泊まった宿はこんなゴージャスなところだった(↓写真)。1泊700元(約10,000円)。私が中国でよく泊まっていたのは150元ぐらいの安宿なので、あまりの豪華さに慌てた。

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テーブルの上には果物が置かれている(もちろん食べなくても毎日交換)。なんてことだ。

浦和と大宮

 浦和と大宮、与野の3市が合併してさいたま市になってから、早いもので今年で7年になるそうだが、大宮出身の妻曰く、とかく浦和と大宮は仲が悪い。常に互いに対抗意識を持っているのだとのこと(与野と、その後合併した岩槻はまあ置いといて)。
 私が思うに、浦和と大宮は、例えば京都と大阪、あるいは北京と上海のごとく、浦和は県庁はじめ県の施設が集まった政治の町で、大宮は氷川神社の門前町として栄えた商売の町。そんな感じがして、それぞれでいいじゃないか思うのだが、どうもそういうことではないらしい。

 だから、浦和の人はレッズが好きだし、大宮の人はアルディージャが好きだ。浦和と大宮、レッズとアルディージャは、この京浜東北線沿線地域において、2大派閥を形成している。
 妻の実家は大宮だが、アルディージャができる前からの長いレッズファンである。お義母さんが、「何とかさんのうちは、アルディージャだから」とかって言っているのをよく聞く。そのぐらい当たり前に、その派閥は存在しているらしい。

 さて、たぶん去年の秋ごろから、浦和駅1番線の発車メロディーがレッズの応援歌に、大宮駅2番線の発車メロディーがアルディージャの応援歌になった。どっちが先に変わったのかはわからないが、浦和か大宮、どちらかが先に発車メロディーを変えたなら、もう一方の駅(あるいは市民)が黙っているはずがないのは想像に難くないところ。

 どちらの駅も、なにかとよく利用したり通ったりするので、なんとなくいつの間にか、2つの駅の発車メロディーが私のメモリに残り、ふと口ずさんでは、「あれ、この曲なんだっけな」と思ったりするぐらいになった。
 しかし、どちらもサッカーチームの応援歌ということで、なんとなく曲調が近く、同じ会社が音源を作ったのかわからないが、音の構成も大変よく似ている。そのため、おかしなことに、浦和駅のメロディーを思い出すと、大宮駅のをどうしても思い出せなくなり、逆もまた同じだった。無理にもう一方を思い出そうと頑張ると、これもちょっと似ている御茶ノ水駅のサンバ調のやつが出てきたりもした。

 それが、やっと最近のこと、浦和駅1番線と大宮駅2番線の発車メロディーを、それぞれちゃんと思い出せるようになった。たとえば、大宮駅の曲を思い出した後、「じゃあ浦和は?」と、自分を試してみても、1秒ぐらいデータ読み出しに時間がかかったりするものの、思い出せる。全くどうでもいいことだが、ちょっと一つ克服した感じがする。

 という、まあ長々と書いては見たものの、それだけの話。

栃尾温泉(1)

 どうも旅日記ばかり書いているようだが、このたびは、奥飛騨の山奥にある栃尾温泉というところに行ってきた。
 今年は、年末年始の休み29日から6日まで9連休となっていて、正月2日の夜のこと。三が日が終わってもまだあと3日も休みがあることに気づいた。そんなに長いこと家にいても、することないぞ。困ったなあ…というわけで。妻は寒い所が大の苦手なので、また今回も気楽な一人旅である。私は寒いところが大好きだ。北国の冬の、冷たい空気を浴びると、気持ちがシャキっと引き締まる感じがする。逆に、東京の冬は寒い。

 松本までの高速バスの切符と、栃尾温泉の宿を予約してあって、帰りは富山からの夜行列車「能登号」に乗ってくるので、その切符もとっておいた。あとは現地での成り行き次第。


 新宿から高速バスで松本へ到着。何年か前、松本でたまたま入った回転寿司屋が美味かった(特にえんがわ)ので、そこで昼食をと考えていたのだが、残念なことに店はなくなっていた。ではせっかく信州へ来たのだからと、そばを食べたら期待に違わずうまかった。
 松本からは、まず平湯温泉というところまで登る。松本から1時間半、着いたところはすっかり雪の中だった。

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平湯温泉バスターミナルに到着。

 平湯の町を歩いたり、お土産屋を覗いたりしながら40分ほど待って、別のバスに乗ること約20分。「栃尾診療所前」というおよそ地元の人しか降りないようなバス停で降りると、予約してあった宿まで歩いて2分。

 宿のおばさんの説明。「お風呂は、内風呂がこっちにあって、露天風呂はその道を渡ったところで。夜は…ちょっと寒いけど10時ごろまで入れると思います…」とのこと。「思います…」という微妙な言い方に釈然としないものを感じながら、荷物を部屋に置いて、散歩に出る。もう時間は4時前。早くしないと、山かげに日が沈んでしまう。

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宿の前の道。こういうところを一人で歩くのは楽しい。

 栃尾の集落を歩いてみると、東西に歩いて10分ぐらいの範囲がすべてで、郵便局、信用金庫、酒屋、民宿と飲み屋がちらほらとあるという具合だった。酒屋がいつ閉まってしまうかわからないので、今のうちに今夜部屋で食べるものなんかを調達する。

 そして、宿で「10時ごろまで入れると思います…」と聞かされた露天風呂へ。実際に見てみて、その言葉の意味を理解した。管理人がいるわけではなく、野菜の無人販売みたいな箱に200円を入れる。その先に、屋根のついた脱衣場があり、風呂がある。お湯はいつでも勝手に湧いているし、鍵なんかないので、夜だって入ろうと思えば入れる。でもやはり危険なので「夜十時より立入禁止」という看板が立っている。おばさんが言っていたのは、こういうことだったのだ。

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露天風呂「荒神の湯」入口

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雪を踏みしめ入ってゆくと、

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こんな眺めの風呂がある。


 さて、夜。露天風呂に浸かる。先客は数人の若者グループ。川の対岸、月明かりに照らされて、うっすらと雪をかぶった山が見えている。お湯は熱くなく、ぬるくもなく、とても気持ちがよかった。

 風呂の後、道を挟んだ向かいの店で「飛騨牛陶板焼定食」に飛騨の地酒をつけてもらって、夕食とした。酒は「久寿玉(くすだま)」という酒だそうだ。
 店のおじさんの話によれば、昔はスキー場もあって冬場は賑やかだったのだが、雪がすくなくて閉鎖されてしまい、今は、さびれた民宿街になってしまったのだとのこと。お湯は勝手に湧いているが、それだけでは客は来ないと。
 栃尾は標高約800メートル。さっきバスを乗り換えてきた平湯は約1300メートル。たしかに平湯には温泉街にも雪がたっぷりあって、スキー場も営業していた。栃尾からバスで20分ぐらいの新穂高温泉からはロープウェイで2000メートル以上の山の上まで上ることができる。栃尾はその間にあって、どうにも中途半端なのだ。しかし、「何もないが、いい風呂ならあるぞ。あとは自由にやれ」とでも言われているようで、栃尾が私は気に入った。

 おじさんは、昔は新穂高温泉で民宿をやってたそうで、明日行ってみようと思うがどうか、という話をしてみたら、栃尾で晴れてても山は荒れていることもある。宿のテレビの5チャンネルで、山の上の定点カメラの映像を一日中流しているから、朝それを見て天気がよければ行ってみるといいと教えてくれた。

 現地での遊び方は、現地で人に聞くに限る。明日は、おじさんのいう通り、朝、5チャンネルを見てみて、それしだいでロープウェイに行くか、9時半のバスで富山へ降りるか考えよう。

栃尾温泉(2)へつづく

栃尾温泉(2)

 朝。ゆうべの食堂のおじさんが教えてくれた5チャンネルを見ると、山の上はすっかり晴れているらしい。というわけで、ロープウェイに行ってくることにした。宿に荷物を置かせてもらい、バスに揺られること20分。
 新穂高温泉の先にあるロープウェイ乗り場に到着。ここから2本のロープウェイを乗り継ぐ。まだ早い時間なので、これから冬山に挑もうという、登山装備の人もいる。気軽に高いところまで行ってこようという単なる観光用だけの乗り物でもないらしい。

 2本のロープウェイを乗り継いで、西穂高口駅に到着した。ここは西穂高岳の8合目にあたるらしい。標高2156メートル、気温は-7度。冷たい空気が気持ちいい。宿に荷物を置いてきたので、こんな景色の中なのに手ぶらというのが、何とも言えず愉快である。何かの係の人みたいだ。駅の屋上が展望台になっていて、1階からは外へ出て散策できるコースもある。以下、そのへんで撮った写真。

20080106yukiyama1.jpg  20080106yukiyama2.jpg
何て山があるのかわからないけど、西側の景色(左)と、北側の景色(右)

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樹氷。そして、ロープウェイは2階建て。

 下山してくると、ロープウェイ乗り場の駐車場はいっぱいになっていた。車のナンバーはだいたいが、飛騨や松本、富山などで、今日は天気がいいからと言うので、近場から出かけてきた人々なのだろう。わざわざ泊まりがけで出かけてくるほどでもないので、宿屋ははやらない。そして朝の天気次第で人が出て来るという感じは秩父や南房総あたりに似ているかも知れない。

 バスで再び栃尾へ戻る。前の席には白人男女。男は半袖。バスの中はわりと暖かいにしても、半袖になるまで脱がなくてもいいだろう。以前、ベトナムの寝台列車(1等車だが非冷房)で同室になったフランス人の夫婦は、蒸し暑い列車の中で平気で眠っていたし、どうも白人という人たちは、暑い寒いをあまり感じないらしい。

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新穂高温泉周辺の旧道はなかなか険しく、先の広いところでバスが待っている。
前の座席からはみ出ているのは白人男の腕。半袖。


 宿に預けてあった荷物を受け取る。宿のおばさんに、山の上は天気がよくて、名前はわからないが、こんな山が見えたと報告すると、そんなによく見えることは珍しいと、とても喜んでくれた。

 栃尾から富山へ降りるバスは12時05分発の「特急富山行」、所要時間2時間10分、運賃2000円。富山に着くと2時過ぎになってしまうので、パンと飲み物を買ってバスを待つ。そんな長距離を走る特急バスなので、当然、観光バスのようなありがたい感じのバスが来るものと思っていたら、さにあらず。驚いたことに、ただの路線バスだった。色が都バスとそっくりの富山地方鉄道のバス。まあ、バスの色はどうでもいいことだが、これほど似てると笑う。

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都バスよりも若干色が淡く、側面の緑ラインの傾きが都バスとは逆らしい。

 このバスが奇妙なバスで、後ろドアから整理券を取って乗り、前方に運賃表示機があって…と、あまりにも普通のバス。でも、次の町である神岡までノンストップなので、1つ目の停留所なのに、1150円というごっつい金額が表示されている。そして、その1つ目の停留所「スカイドーム神岡」という道の駅では、「15分休憩です」と、まだお金も払っていないのに、外出可である。いちおう人数は数えていたみたいだが、そのまま無賃で降りてしまってもきっとわからない。

 神岡は金属の鉱山で栄えた町で、バスはその町なかへ入ってゆく。山あいの町なので、道が狭くて曲がり角が多い。富山と奥飛騨温泉郷を結ぶ観光向きの路線なのに、立派なバスではなく、わざわざこの中型の路線バスを使っている理由がわかった気がする。大型車ではきっと神岡の町なかに入ってこられないのだろう。
 神岡周辺には大きなショッピングセンターのようなものはないらしく、多くの商店がちゃんと営業していて、活気がある。特に何があるわけでもない町だが、いつか、この町を訪ねてわざわざ出かけて来ようかと思うような、懐かしい日本の田舎町だった。

 そんなこんなで、富山には午後2時15分ごろ到着。町をぷらぷらしたり、電車に乗ったり、銭湯に入ったりして、その晩の夜行急行「能登号」で帰ってきた。
 じゃあ今度は、そのうち夏にでも、今度は神岡と栃尾を目指して訪ねてきてみよう。

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うちへのお土産。「寿」とかお祝い用技術を応用したふざけたかまぼこ。

栃尾温泉―おわり

細く長く、たっぷりと。

 年が明けた。平成もすでに20年っていうんだからびっくりする。これを読んで下さっている方、あけましておめでとうございます。

 大晦日。我が家では年越しそばならぬ年越しラーメンを食べた。冷蔵庫に豚バラ肉のかたまりがあったのと、ずいぶん前に買ってあった鳥ガラが冷凍庫に眠っていたので、これでスープを作ってラーメンにしたらいいんじゃないかということで。

 夕方、スーパーに行くとそばはもう売り切れていて棚は空っぽ。でも中華めんはいつものとおり並んでいた。やはり年越しにラーメンを作って食おうという人はあまりいないらしい。
 いざ年が変わるぞという時にわたわたと準備するのは嫌なので、夕方のうちに仕込みをしておく。バラ肉の煮たやつと、この前買ってきたメンマ、ああ冷蔵庫にザーサイもあるなあ…、それからもやしとねぎ…。

 食べる直前に準備をすれば、その時にちょうどいいぐらいの具を準備したのかもしれないが、食べる時の気持ちを考えずに張り切って準備をしてしまったため、できあがった時には、全部入りのものすごいラーメンになっていた。

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 味については、自分で言うのもアレだが、思ったとおりうまかった。あっさり味。でも、年越しにさらっと食べるという雰囲気には程遠いボリュームである。まるで高校生の夜食だ。そこそこ十分な量の夕食を食べた数時間後の腹にはきつかった。

 事前に食事の準備する時は食べる時の腹具合を予測して作るようにしようというのが、取り急ぎ、私の元旦の計ってことになった。

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Author:きちい
好きなこと:
ぷらっとそのへんへ出かけること。もちろん遠くへ出かけることも好き。それから、おいしいものを作ることも好き。
住んでいるところ:
埼玉県の川口と浦和と岩槻と越谷の境目のあたり。

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