2009-06

「にごり」と「にこり」

 「綾鷹」というお茶のCMで、真田広之と外国人の女性が、「にごり」、「にこり」とやりとりしている。真田広之が言う「にごり」が女性はうまく発音できず「にこり」となってしまう。「ご」と「こ」。微妙な発音が難しくて生じた、ちょっと楽しい一コマといったところである。

 ちょっとだけ発音の小難しいような話をするが、同じ調音点(発音時に口の器官のどれをどう使うかという、その位置)で発音する2つの破裂音(gとk、dとt、bとpなど)を区別するのに、有声と無声(子音の発音と同時に声帯が震えているか否か)という区別と、有気と無気(子音の発音と同時に強い息を出すか否か)という区別の2種類がある。日本語は前者であって、gとkの例でいえば、子音発音時に声帯が震えていれば「が」(有声)、震えていなければ「か」(無声)となる。

 韓国の人が「私は韓国人です」と言うと「わだしはかんごくちんです」と聞こえたりするのは、韓国語が日本語とは違って無気・有気の区別を持つ言語であって、日本語の有声・無声の区別ができないということに由来する。逆に、日本語では韓国語の音を正確に表記することができないので、「ビビンバ」と書かれたり「ピビンパ」と書かれたりする。

 一方、日本語の発音のうち、多くの外国人にとって難しいのが、「ー」(長音)、「ん」(撥音)、「っ」(促音)で、日本人には当たり前のこれらの音だが、これらで1拍を消費するというのが難しいらしい。切手を買おうとしたら人が来てしまった(きってください→きてください)なんてのは笑い話のレベルだが、日本人の知らないところで、けっこう困ったことが起こっていた。

 長音が聞き取れないという外国人共通の問題に加え、有声・無声の区別ができない人の場合、どうなるか。「いたばし」と「いいだばし」の区別ができなくなる。困ったことに、昔、東京入国管理局が板橋にあった。「入管の最寄り駅は板橋だよ」と言われて、何の疑いもなく飯田橋に行ってしまったということが実話としてよくあったらしい。「板橋」よりも「飯田橋」の方が多くの外国人には普段、馴染みがあり、直感的に飯田橋と聞き取ったというのは頷ける。

 さて、話がずいぶんそれたが、CMの女性の話である。日本語の有声・無声の違いが発音できないようなので、おそらく無気・有気の区別を持つ言語を母語としているようだ。では、無気・有気の違いを持つ言語は何語か?と言えば、これが実はとても少数派で、韓国語、中国語、タイ語だけらしい。私は、韓国語と中国語を習ったことがあるので、世界中にけっこうあるのかと思っていたが、アジアの3言語だけだったとは知らなかった。

 しかし、CMの女性はどう見ても、韓国・中国・タイの人には見えない。それに、よく聞くと、日本語と同じ有声・無声の区別で、わざと「にこり」と発音しているのがわかる。そんなわけで、あのCMを初めて見た時に「おやおや?」と違和感を感じた。

 CMのアイデアが出て、企画が練られていくうちに、「ご」と「こ」の違いが生じるのは韓国人、中国人、タイ人だけらしい」という事実がわかっていた可能性は多分にある。しかし、韓国人、中国人、タイ人では、見た目が日本人と似ていて、絵柄として面白味に欠ける。「外国人」であることを分かりやすく表現するには白人だろうと。アメリカなら人種差別と怒られるかもしれないが、まあ、日本においてはそうである。そこで、「ご」と「こ」の区別ができるタレントさんだが、うまく発音できない演技をしてもらおうと、そういうことになったと推測する。

 まあ、実際にはどうだったか知ったことではないが、CM制作者の苦悩を勝手に垣間見てみた次第である。

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きちい

Author:きちい
すみか:埼玉県。川口みたいで、浦和みたいで、越谷みたいで、岩槻みたいなあの辺。
好きなこと:ぷらっとそのへんへ出かけること。もちろん遠くへ出かけることも好き。おいしいものを作ることも好き。
なりわい:細々と韓国語の翻訳をやってます。詳しくはこちら

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