通院をやめた話
5月の初めごろから、精神科というところに通っていた。そのころ、なんだかやたらと気分が塞いで、ため息ばかり出た。そしてなんだかドキドキして息苦しく感じられることがしばしばあった。ちょっとネットで調べてみたりして、「こりゃあ具合悪いんじゃなかろうか」という気になって通い始めた。
症状をいろいろ先生に話した結果、「軽い鬱症状ですね」という診断が下されて、セロトニン再取り込み阻害薬というタイプの薬を処方された。精神疾患なんてそれまでよく知らなかったが、セロトニンという神経伝達物質の伝達量が少なくなり、それによって、鬱症状が現れるのだという。
処方された薬は、少しの量から始めて徐々に適量まで増やしていくという使い方をする薬で、初めは1日1錠。2週間後の2回目の診察から2錠になった。ため息やドキドキは治まり、確かに気分は軽くなった。
6月に入り、床についてもなかなか眠れず、眠りが浅いような日が続くようになった。4回目の診察で、「最近寝付きが悪くなりました」と言ったら、「症状が悪化してますねえ」ということで(不眠や睡眠時間帯の変動は鬱病の一症状でもある)、薬を3錠に増やすことになった。
3錠を4日ほど続けてみたが、眠りが浅いのは変わらなかった。すぐに効き目の出る薬ではないと聞いてはいたが、薬なんてなるべくなら飲みたくないし、3錠は多いだろうという気がしていたので、試しに、勝手に2錠に戻し、また1週間後ぐらいに1錠に減らしてみた。でも全然変化なし。眠りが浅いのはそのままだが、ため息やドキドキが復活するわけでもなかった。結果、どうやら3錠でも2錠でも1錠でも関係ないらしいということがわかった。
考えてみれば、セロトニンの伝達量を科学的に測定するわけでもなく(脳内のことなのでそれが測れなければ、それを推測し得る数値でも)、短時間の問診だけで処方量が増減する。向精神薬をそんな簡単に出してもらえるというのは正しいことなのだろうか?と疑問を持ち始めた。人によっては、たくさんの薬を飲むことで薬に依存するようになり、薬を止めようとしても止められない。止めたら禁断症状が出て、また精神科に通わなければならなくなる。そういう循環が想像できた。
そして今日の診察。3錠飲むことになっているところを、「1錠にしました」というとさすがに怒られそうだったので、「2錠でも全然変化ないんですよ。だからもう大丈夫なんじゃないですかね」と言ってみた。そうしたら、先生は「では、もう止めましょう」と、診療を中止するようなことを言う。私が「でも先生、増やす時も減らす時も徐々に量を変えるんだっておっしゃったじゃないですか」と言うと、先生は「じゃあ、どうする?」と聞くので、「では、1錠にしてください」と私の方から依頼して、処方箋を出してもらった。そういう経緯にしないと、私の方から治療を放棄したことになると思ったから。でも、こんなの、医療じゃない。
1錠でしばらく様子を見るということで4週間後の予約をとり、1錠×4週間分の処方箋をもらったが、再び行く気はないし、薬局へ行って薬を買う気もない。もし、また症状が現れたとしても、薬はまだ残っている。
毎回、予約した時間に行くと、40分ぐらいさらに待たされるのが常で、今日は1時間以上待った(その間に、ロッテリアでハンバーガーを食ってきた)。待つのがデフォルトであるしくみが理解できなかったのだが、もしかしたら、私のような脱落者や、初診の予約をしたが来なかったというような人を考慮した上での方法なのではないだろうか。私が行かなくなることで、ほかの人の待ち時間が短くなるのであれば、それはいいことだ。
自殺企図するほどの鬱病や、あちこちに迷惑かけたりする躁鬱病ともなれば、ちゃんと治療する必要があるだろう。それほど重症でなくても、薬のおかげで精神の安定を保てている人も、もちろんいるはずだ。でも、今回の私の場合、ネットで調べたりして「具合悪いかも」と思うようになって通い始めたわけで、もしかしたら、最初から「気の持ちよう」だったのかもしれない。
時間と費用は少々使ったが、精神科というところに初めて通ってみて、いろいろと学ぶものはあったように思う。たぶん人生に無駄なことはない。
症状をいろいろ先生に話した結果、「軽い鬱症状ですね」という診断が下されて、セロトニン再取り込み阻害薬というタイプの薬を処方された。精神疾患なんてそれまでよく知らなかったが、セロトニンという神経伝達物質の伝達量が少なくなり、それによって、鬱症状が現れるのだという。
処方された薬は、少しの量から始めて徐々に適量まで増やしていくという使い方をする薬で、初めは1日1錠。2週間後の2回目の診察から2錠になった。ため息やドキドキは治まり、確かに気分は軽くなった。
6月に入り、床についてもなかなか眠れず、眠りが浅いような日が続くようになった。4回目の診察で、「最近寝付きが悪くなりました」と言ったら、「症状が悪化してますねえ」ということで(不眠や睡眠時間帯の変動は鬱病の一症状でもある)、薬を3錠に増やすことになった。
3錠を4日ほど続けてみたが、眠りが浅いのは変わらなかった。すぐに効き目の出る薬ではないと聞いてはいたが、薬なんてなるべくなら飲みたくないし、3錠は多いだろうという気がしていたので、試しに、勝手に2錠に戻し、また1週間後ぐらいに1錠に減らしてみた。でも全然変化なし。眠りが浅いのはそのままだが、ため息やドキドキが復活するわけでもなかった。結果、どうやら3錠でも2錠でも1錠でも関係ないらしいということがわかった。
考えてみれば、セロトニンの伝達量を科学的に測定するわけでもなく(脳内のことなのでそれが測れなければ、それを推測し得る数値でも)、短時間の問診だけで処方量が増減する。向精神薬をそんな簡単に出してもらえるというのは正しいことなのだろうか?と疑問を持ち始めた。人によっては、たくさんの薬を飲むことで薬に依存するようになり、薬を止めようとしても止められない。止めたら禁断症状が出て、また精神科に通わなければならなくなる。そういう循環が想像できた。
そして今日の診察。3錠飲むことになっているところを、「1錠にしました」というとさすがに怒られそうだったので、「2錠でも全然変化ないんですよ。だからもう大丈夫なんじゃないですかね」と言ってみた。そうしたら、先生は「では、もう止めましょう」と、診療を中止するようなことを言う。私が「でも先生、増やす時も減らす時も徐々に量を変えるんだっておっしゃったじゃないですか」と言うと、先生は「じゃあ、どうする?」と聞くので、「では、1錠にしてください」と私の方から依頼して、処方箋を出してもらった。そういう経緯にしないと、私の方から治療を放棄したことになると思ったから。でも、こんなの、医療じゃない。
1錠でしばらく様子を見るということで4週間後の予約をとり、1錠×4週間分の処方箋をもらったが、再び行く気はないし、薬局へ行って薬を買う気もない。もし、また症状が現れたとしても、薬はまだ残っている。
毎回、予約した時間に行くと、40分ぐらいさらに待たされるのが常で、今日は1時間以上待った(その間に、ロッテリアでハンバーガーを食ってきた)。待つのがデフォルトであるしくみが理解できなかったのだが、もしかしたら、私のような脱落者や、初診の予約をしたが来なかったというような人を考慮した上での方法なのではないだろうか。私が行かなくなることで、ほかの人の待ち時間が短くなるのであれば、それはいいことだ。
自殺企図するほどの鬱病や、あちこちに迷惑かけたりする躁鬱病ともなれば、ちゃんと治療する必要があるだろう。それほど重症でなくても、薬のおかげで精神の安定を保てている人も、もちろんいるはずだ。でも、今回の私の場合、ネットで調べたりして「具合悪いかも」と思うようになって通い始めたわけで、もしかしたら、最初から「気の持ちよう」だったのかもしれない。
時間と費用は少々使ったが、精神科というところに初めて通ってみて、いろいろと学ぶものはあったように思う。たぶん人生に無駄なことはない。

