カセットテープを直した。
実家に、私と弟が子どもの頃の声を録音したカセットテープがあった。そこで、それを借りてきて、CDに焼こうと作業を始めた。別にしょっちゅう聞くものでもないが、みんなにとって、ずっと保存しておきたいものだし、カセットテープよりもCDの方が扱いやすい。
アナログ音源をデジタルデータとして保存できるソフトを使って、PCに取り込む。テープは2本あって、まず1本の古い方(私が2歳8か月のころのらしい)をA、B面とも取り込んだ。
2本目のA面を取り終えて、B面の作業にかかったのだが、取り込みに使っているソフトのレベルゲージが全然動かない。どうしたことか??と、テープレコーダーを見ると、あらら。動いてない。ということは…と、デッキを開けてみると、中でテープがくしゃくしゃになって、ローラーに絡みついていた。あああ、なんてことですか。
2本目のA面は取り終えていたのが、せめてもの救いであるが、貴重な音が消えてしまった。かなり意気消沈だが、まあしかし、こうなってしまったものは仕方がない。気を取り直して、くしゃくしゃの部分は切っちゃって、つなぐことにした。参考にしたのはこのサイト。
切断したテープが重ならないようにつなぎ合せて、磁性体面の裏側からセロテープで止める。それだけ。しかしあくまで応急処置であって、実際のところ、このテープはもう使用できないと思った方がいいだろう。巻き戻しや早送りで最後まで回った時に、ペリッて剥がれちゃう可能性もある。

作業の結果、くしゃくしゃになった部分は失ってしまったけれど、それ以外のところは、問題なく取り込めた。
テープをつないで、無事再生できて、でも考えてみれば、昔の道具ってみんなこんなだった気がする。素人でも、目で見ればだいたい構造が分かって、こんな感じかな?とやってるうちに直ってしまったりした。だから、いろんなものを開けてみた。そして、いろんなものが開けられるようになっていた。
壊れたテレビを父と一緒に分解して(父が理科と技術科の教師だったので、そんなことできたのかもしれないが)、強力な磁石を取り出して、遊んだりした。ラジオだったか電卓だったか、古いやつが調子悪くなったので中を開けて、接触の悪いところをはんだ付けして直したこともある。もちろん壊したものもいろいろある。
このカセットテープだって、最初、何と言うのかわからないけど、テープがデッキの読み取り部分に当たる「押さえ」みたいなやつが外れてしまって(下の写真参照)、読み取り部に押さえつける役を全然果たしていなかった。でも、耳かきでちょっといじっているうちに、正しいのか正しくないのかわからない部分にうまい具合に引っ掛かって、「騙し騙し」ながらも再生できた。

それが今は、だんだん構造が複雑になりつつ小型化もされて、素人ではわからないようになってしまっているみたいだ。それに、「騙し騙し」も効かなくなっているような気がする。そんな時代とともに、自分も変わってしまったのだな…と思ったことは、カセットテープを見て、「あれ?これはどっち面が巻き戻った状態かな?」と考えてしまったこと。昔は、誰もがパッと見てわかったことなのに。なんか寂しいような感慨を覚えた。
実家には8ミリ映画のフィルムというのもあって、それをDVDにしたいと思っているのだが(これは自分ではできないので業者に出して)、物置きの下の方に埋もれてしまっている。あの辺にあるという目星はついているのだが、こちらはかなり困難なようで、いつ実現できるかはわからない。
アナログ音源をデジタルデータとして保存できるソフトを使って、PCに取り込む。テープは2本あって、まず1本の古い方(私が2歳8か月のころのらしい)をA、B面とも取り込んだ。
2本目のA面を取り終えて、B面の作業にかかったのだが、取り込みに使っているソフトのレベルゲージが全然動かない。どうしたことか??と、テープレコーダーを見ると、あらら。動いてない。ということは…と、デッキを開けてみると、中でテープがくしゃくしゃになって、ローラーに絡みついていた。あああ、なんてことですか。
2本目のA面は取り終えていたのが、せめてもの救いであるが、貴重な音が消えてしまった。かなり意気消沈だが、まあしかし、こうなってしまったものは仕方がない。気を取り直して、くしゃくしゃの部分は切っちゃって、つなぐことにした。参考にしたのはこのサイト。
切断したテープが重ならないようにつなぎ合せて、磁性体面の裏側からセロテープで止める。それだけ。しかしあくまで応急処置であって、実際のところ、このテープはもう使用できないと思った方がいいだろう。巻き戻しや早送りで最後まで回った時に、ペリッて剥がれちゃう可能性もある。

作業の結果、くしゃくしゃになった部分は失ってしまったけれど、それ以外のところは、問題なく取り込めた。
テープをつないで、無事再生できて、でも考えてみれば、昔の道具ってみんなこんなだった気がする。素人でも、目で見ればだいたい構造が分かって、こんな感じかな?とやってるうちに直ってしまったりした。だから、いろんなものを開けてみた。そして、いろんなものが開けられるようになっていた。
壊れたテレビを父と一緒に分解して(父が理科と技術科の教師だったので、そんなことできたのかもしれないが)、強力な磁石を取り出して、遊んだりした。ラジオだったか電卓だったか、古いやつが調子悪くなったので中を開けて、接触の悪いところをはんだ付けして直したこともある。もちろん壊したものもいろいろある。
このカセットテープだって、最初、何と言うのかわからないけど、テープがデッキの読み取り部分に当たる「押さえ」みたいなやつが外れてしまって(下の写真参照)、読み取り部に押さえつける役を全然果たしていなかった。でも、耳かきでちょっといじっているうちに、正しいのか正しくないのかわからない部分にうまい具合に引っ掛かって、「騙し騙し」ながらも再生できた。

それが今は、だんだん構造が複雑になりつつ小型化もされて、素人ではわからないようになってしまっているみたいだ。それに、「騙し騙し」も効かなくなっているような気がする。そんな時代とともに、自分も変わってしまったのだな…と思ったことは、カセットテープを見て、「あれ?これはどっち面が巻き戻った状態かな?」と考えてしまったこと。昔は、誰もがパッと見てわかったことなのに。なんか寂しいような感慨を覚えた。
実家には8ミリ映画のフィルムというのもあって、それをDVDにしたいと思っているのだが(これは自分ではできないので業者に出して)、物置きの下の方に埋もれてしまっている。あの辺にあるという目星はついているのだが、こちらはかなり困難なようで、いつ実現できるかはわからない。
コメント
類似体験、そして時間旅行
コメントありがとう。
お、コメントありがとう。と思って開いたら、なげえよ。まあ、いつものことだけど。
最初、昔のテープの思い出を語っていたと思ったら、途中から、やや詩的な匂いも漂う作品になっていて、なんだか、いつのまにか枕から噺の本文に入っている、名人の落語を聞いているかのようでありました。最後はうまくまとまってるしなあ。
そうそう落語でうまい具合につながるけど、落語もそうだけどね、あとラジオとか、想像力を求められるものってのはいいね。そういうものの方が自分で頭使って理解する分だけ、ずっと印象に残るんじゃないかな。
こういうの書き始めるとどんどん書いちゃうんだしね、主の文を食い殺すような名文をこんなとこに書かないで、あなた、自分でブログおやんなさい。
最初、昔のテープの思い出を語っていたと思ったら、途中から、やや詩的な匂いも漂う作品になっていて、なんだか、いつのまにか枕から噺の本文に入っている、名人の落語を聞いているかのようでありました。最後はうまくまとまってるしなあ。
そうそう落語でうまい具合につながるけど、落語もそうだけどね、あとラジオとか、想像力を求められるものってのはいいね。そういうものの方が自分で頭使って理解する分だけ、ずっと印象に残るんじゃないかな。
こういうの書き始めるとどんどん書いちゃうんだしね、主の文を食い殺すような名文をこんなとこに書かないで、あなた、自分でブログおやんなさい。
マスザワのコメントが
長いとは本人からも聞いてたが、確かに画面のっとりすぎ(笑)。私としてはお二人の文章が同時に読めるのは好都合だけどね。キチイさんの文章も物凄く好き(特に平熱なトーンのままでクスっとさせる挿入とかが)だけど、マスザワは過去を語らせたらいつでも詩人よね。(てことは老後になるほど詩人として大成してくのか?)
二人とも思い出のテープがあっていいな。もう一度、あの再生と録音を同時に押すのをやってみたいね。
二人とも思い出のテープがあっていいな。もう一度、あの再生と録音を同時に押すのをやってみたいね。
どうもありがとう
文章褒められたぞ。照れるなあ。ありがとう。てれてれ。
「再生と録音を同時に押すのを…」ってことだけど、この前、大塚駅前の電器屋で、ダブルダジカセ(それもスイッチをガッシャンて押すやつ)が5000円ぐらいで売られてました。中古屋でもない街の電器屋であれが売られてると、ちょっとびっくりします。
ところで、マスザワさんのコメント、文字数数えたら、1345文字(=2.69キロバイト)でした。スーパーマリオのカセットの容量がなんと40キロバイトしかないらしいので、マスザワさんのコメント15回分で、スーパーマリオができる計算になります。
「再生と録音を同時に押すのを…」ってことだけど、この前、大塚駅前の電器屋で、ダブルダジカセ(それもスイッチをガッシャンて押すやつ)が5000円ぐらいで売られてました。中古屋でもない街の電器屋であれが売られてると、ちょっとびっくりします。
ところで、マスザワさんのコメント、文字数数えたら、1345文字(=2.69キロバイト)でした。スーパーマリオのカセットの容量がなんと40キロバイトしかないらしいので、マスザワさんのコメント15回分で、スーパーマリオができる計算になります。


当時のアニメソング全集なる別のカセットをバックに流しつつ二人で歌合戦をしています。
歌合戦と言えども、妹は幼稚園入園前後、私も小学校低学年というお年頃。彼女が歌っていても歌詞はあるようでないに等しく、途中からは姉ちゃんの独壇場と化しておりました。
そして極めつけに「笠こ地蔵」の朗読が情感たっぷりに朗々と始まります。
すばらしいな、我ながら。今じゃ恥ずかしくてできん。
しかし、このアナログな機械は、その構造こそ単純ながら(私も過去にテープやビデオデッキなどよく解体して直しましたよ。確かに今は全てがデジタルでPCのようだからガコっと外してみても無かったことのようにそっと戻しますね、時代の流れってやつですかね)なかなか奥が深い。
音のみというのは、たいへんセンチメンタルな代物ですよね。
例えば、このテープには途中、母親の邪魔が数度入るんです。
気分よく歌っている後で、ガラガラガラ!と雨戸を閉められてしまい、私は歌うのをやめて「ちょっと静かにしてよ!」とか怒っているんです。
また、「ご飯よ〜〜!」とか呼びに来られて、「今、歌ってんの!」とまた文句を言っている。
その他にも、たぶん録音を手伝ってくれたであろう父親に「もう一回○○の曲流して!」とか注文つけていたり、それに対して「はいはい(笑)」と(おそらく)笑顔で対応する父親の声も入ってる。
極めつけは、先程のご飯のお呼びにしぶしぶ答えたのであろう私がバタバタとその場を立ち去った後、止め方が分からずそのままになっていたマイクが、たしかこの後まもなく交通事故で死んでしまった飼い猫の首輪の鈴の音をずっと拾っているのである。
今は、いろんなものが発達して、デジカメでも手軽にムービーを撮れる時代である。
子供たちを映すと、すぐに背後に群がり、見せて見せてとせがむ。
それくらい明確な記録媒体が今はたくさんある。便利だなと思う。
現に、記念日、デート、結婚式、私の身の回りにもたくさんの映像が残っているが、遠い日、おそらく皆が休みの日曜日に録音したのであろうこのカセットテープが私の宝物だ。
たぶん、明確でないことが良いのだと思う。
思い出、記憶と言う映像が私の脳裏に映し出される。
きっと事実とは異なるだろう。記憶は時に風化し時に美化され心の底の沈殿物みたいにゆらゆらをおぼつかないものだから。
それでも、この曖昧というニュアンスがミソなのだと思う。
なぜなら、思い出した時に聞くたび、あの日の夕刻の部屋の明るさ、妹の表情、教科書(笠地蔵は教科書に掲載されていたのだ)の挿絵、赤い首輪をした愛猫の毛並み、夕食の風景、すべて昨日のことのように思いだせるから。
そして幸せな気持ちになる。
正直言って、キチイのブログを読むまでここ数年、まったく思い出さなかった。
日常のことで精一杯で、今日の自分を生きることで必死、満足していた。
どこかで物足りなさも感じながら。
今日、あのカセットを思い出して、なんだか久しぶりにそしてしっかりと記憶の旅を楽しめた気がする。
私には確かに幼かった日々があって、姉妹仲良く両親に愛され生きていた日々があった。
両親ももう数年すると還暦だし、妹は来年になれば母になる。
変わっていくけど、変わってはいない。
たぶん、きっとね。