2008-08

きたぐに(2)

 初めての電車寝台だが、機関車が引っぱるタイプと異なり、停車・発車時の衝撃がかなり少ないようだ。夜中でも主だった町の駅にはすべて停車するので、15〜30分ごとに走ったり止まったりするものの、揺れは気にならなかった。しかし、これは乗ってみるまで想像していなかったことだが、座席を伸ばして寝転がっているわけで、座席の下にあるヒーターのせいで寝台と体が接している部分がけっこう熱くなる。だから、時々布団を剥いでは、寒くなって目が覚めたりしたけれども、概ね快適に眠っていられた。

 朝は、5時56分の直江津到着前の車内放送で目が覚めた。どうせこれから先はあまり眠れるわけではないから起きていようと決めて、ベッドの上に胡坐をかいて窓の外を眺め始めたのだが、3段寝台なのでいかんせん天井が低い。寝台の壁に寄り掛かっても窮屈である。そこで、荷物をまとめて自由席車に移動した。寝台専用列車じゃなくてよかった。
 自由席車に来てみると、大阪・京都から乗ってきたような疲れた感じの人はあまりいないようである。これからどこかへ出かけるために、途中駅から乗ってたと思われる人が多い。長岡でから新幹線で東京へ向かうのか、サラリーマン風の人もちらほら見える。

20071205kitaguni_jiyuuseki.jpg
座席車のようす。さっきまで寝ていたのと同じ車両とは思えない。どうやら、網棚の奥のカバー部分がくせ者である。

 さて、座席車に来てみて、興味深いのはやはり、この車両の構造である。ボックスシートが並んでいるが、さっきまで寝ていたB寝台車と車両自体が同じとは思えないぐらいにすっきりしている。さっそく、座席や天井まわりの構造を眺めてみる。この座席の状態から寝台車にするための手順は、おそらくこういうことだろう。

 まず、ボックスシートの双方から座席の背もたれを引き出すとぴったり平らになるので、そこが下段寝台になる。引き出されて背もたれがなくなった部分には、読書灯が隠されている。中段と上段については、どうやら網棚を上へ跳ねあげてどかし、プラスチック製のカバーを被っている部分をバタンと下に下ろすと、そこにはマットレスが隠されていて、中段寝台になる。
 さらにその奥に上段寝台となる部分が隠されているのでそれを出し、元の位置に戻した網棚で上段寝台を支えるという仕組みらしい。なんだかパズルのようであり、いかにも日本人らしい細かい仕事が随所に見られる。よくまあこんな車両を作ったもんだと思う。


20071205kitaguni_system.jpg
寝台車の様子を思い出しながらよく見ると、「あの部分がこうなって…」というのがわかる。

 それにしても上段寝台は網棚の上に寝ることになるわけで、いくら天井の高い電車であっても窮屈だ。この電車が製造されたのは昭和40年代前半。その頃は飛行機が高級な乗り物で、長距離であっても鉄道で移動するのが当たり前だった。さらに新幹線も新大阪までしか開通していなかった。そんな時代を反映して、昼でも夜でも使えて、とにかく大量輸送が可能という設計思想によって生まれた車両である。
 しかし今となっては寝台列車自体の必要性が薄れ、座席車として使おうとしても、リクライニングシートではないし…という全く時代に合わない車両になってしまった。そのため、現在、国内で唯一残る3段寝台車であり、定期列車でこの車両が使用されるのは「きたぐに」号だけになっている。

20071205kitaguni_raikouji.jpg
目が覚めてみたら雪景色だった。7時05分、来迎寺(らいこうじ)に停車中。

 さて、車窓は雪である。4日から5日にかけては、全国的にこの冬一番の寒さだと、家を出てくる時に見たニュースで言っていた。

 長岡で14分停車するので、改札外にあるコンビニに行って、朝食のパンと新聞を買ってきた。新聞によると、平野部ではこれが初雪で、例年よりもだいぶ早いらしい。夜行列車に乗って、朝着いた土地の朝刊を買って読む瞬間というのは、なかなか幸せなものであると思う。
 そして、8時10分に新津着。ここから新潟までの少しの間は、快速列車に格下げになり、通勤の人々を客を乗せて走る。なるほど、ホームには列を作って人々が待っていて、新津で8割方座席が埋まり、次の亀田では満席になった。そうして定刻の8時30分に新潟着。通勤客に紛れて降りるので、全く旅情を感じない終着駅到着であった。

 それにしても面白い列車であったし、面白い車両だった。もしかしたら「きたぐに号」のような、長距離、短距離、通勤輸送なんでも賄うような列車には、意外にもこの車両が適しているのかもしれない。いろんな人に「一度乗ってみな」と勧めたい列車である。

 新潟の街をぷらぷらしたりして、帰りは新潟駅から池袋行きの高速バスで帰ってきた。天気予報どおり寒さで、山間部では大雪となり、途中からはチェーン規制となった。たまたま乗っていたのは新潟交通のバス(東京側からは西武バスが走っている)で、前の車を煽って追い抜き、びゅんびゅん飛ばす。雪道を知らない私にはやや怖いような道だったが、こんな時に新潟のバスでよかったと心底思った。

20071205echigokawaguchi.jpg
越後川口サービスエリアで休憩。関越トンネルにかけてもっとすごい雪になった。

おわり

コメント

遅くなりましたが…

583系寝台電車の魅力、堪能させていただきました。
かねてから、一度は乗ってみたいと思っているものの、関東圏に住む者としては「乗りにいく」という目的でなければ、まず、ご縁のない列車ですから、今のところ未体験な訳です。
(新潟→敦賀のフェリーはワザワザ乗りに行ったコトがあるんですけどね)
本文にもありましたが、寝台列車自体の存在価値が問われる時代に、この急行「きたぐに」がいつまで走り続けるかは、もはや583系電車の寿命とイコールといっても過言ではありませんから、いずれ乗りに行きたいと思ってます。
ハイ、そうです。この「いずれ」が命取りなんですよね(笑)

豊四季さん、こんにちは。こちらもお返事が遅くなってすみません。

たしかに、走行距離と、途中駅間の利用が多いということを考えると、あえて寝台車を設けなくてもいいぐらいの列車であるとは思いますよね。寝台車は掃除洗濯といったメンテナンスが大変ですし。寝台車があるために、新津−新潟間の快速列車としての運用も、座席車4両だけに限られてますから、いろいろ考えると、いつどうなるかわからない列車だとは思います。

乗るならやはり早いうちですよ。もう今週末にでもどうですか。

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