浦和と大宮
浦和と大宮、与野の3市が合併してさいたま市になってから、早いもので今年で7年になるそうだが、大宮出身の妻曰く、とかく浦和と大宮は仲が悪い。常に互いに対抗意識を持っているのだとのこと(与野と、その後合併した岩槻はまあ置いといて)。
私が思うに、浦和と大宮は、例えば京都と大阪、あるいは北京と上海のごとく、浦和は県庁はじめ県の施設が集まった政治の町で、大宮は氷川神社の門前町として栄えた商売の町。そんな感じがして、それぞれでいいじゃないか思うのだが、どうもそういうことではないらしい。
だから、浦和の人はレッズが好きだし、大宮の人はアルディージャが好きだ。浦和と大宮、レッズとアルディージャは、この京浜東北線沿線地域において、2大派閥を形成している。
妻の実家は大宮だが、アルディージャができる前からの長いレッズファンである。お義母さんが、「何とかさんのうちは、アルディージャだから」とかって言っているのをよく聞く。そのぐらい当たり前に、その派閥は存在しているらしい。
さて、たぶん去年の秋ごろから、浦和駅1番線の発車メロディーがレッズの応援歌に、大宮駅2番線の発車メロディーがアルディージャの応援歌になった。どっちが先に変わったのかはわからないが、浦和か大宮、どちらかが先に発車メロディーを変えたなら、もう一方の駅(あるいは市民)が黙っているはずがないのは想像に難くないところ。
どちらの駅も、なにかとよく利用したり通ったりするので、なんとなくいつの間にか、2つの駅の発車メロディーが私のメモリに残り、ふと口ずさんでは、「あれ、この曲なんだっけな」と思ったりするぐらいになった。
しかし、どちらもサッカーチームの応援歌ということで、なんとなく曲調が近く、同じ会社が音源を作ったのかわからないが、音の構成も大変よく似ている。そのため、おかしなことに、浦和駅のメロディーを思い出すと、大宮駅のをどうしても思い出せなくなり、逆もまた同じだった。無理にもう一方を思い出そうと頑張ると、これもちょっと似ている御茶ノ水駅のサンバ調のやつが出てきたりもした。
それが、やっと最近のこと、浦和駅1番線と大宮駅2番線の発車メロディーを、それぞれちゃんと思い出せるようになった。たとえば、大宮駅の曲を思い出した後、「じゃあ浦和は?」と、自分を試してみても、1秒ぐらいデータ読み出しに時間がかかったりするものの、思い出せる。全くどうでもいいことだが、ちょっと一つ克服した感じがする。
という、まあ長々と書いては見たものの、それだけの話。
私が思うに、浦和と大宮は、例えば京都と大阪、あるいは北京と上海のごとく、浦和は県庁はじめ県の施設が集まった政治の町で、大宮は氷川神社の門前町として栄えた商売の町。そんな感じがして、それぞれでいいじゃないか思うのだが、どうもそういうことではないらしい。
だから、浦和の人はレッズが好きだし、大宮の人はアルディージャが好きだ。浦和と大宮、レッズとアルディージャは、この京浜東北線沿線地域において、2大派閥を形成している。
妻の実家は大宮だが、アルディージャができる前からの長いレッズファンである。お義母さんが、「何とかさんのうちは、アルディージャだから」とかって言っているのをよく聞く。そのぐらい当たり前に、その派閥は存在しているらしい。
さて、たぶん去年の秋ごろから、浦和駅1番線の発車メロディーがレッズの応援歌に、大宮駅2番線の発車メロディーがアルディージャの応援歌になった。どっちが先に変わったのかはわからないが、浦和か大宮、どちらかが先に発車メロディーを変えたなら、もう一方の駅(あるいは市民)が黙っているはずがないのは想像に難くないところ。
どちらの駅も、なにかとよく利用したり通ったりするので、なんとなくいつの間にか、2つの駅の発車メロディーが私のメモリに残り、ふと口ずさんでは、「あれ、この曲なんだっけな」と思ったりするぐらいになった。
しかし、どちらもサッカーチームの応援歌ということで、なんとなく曲調が近く、同じ会社が音源を作ったのかわからないが、音の構成も大変よく似ている。そのため、おかしなことに、浦和駅のメロディーを思い出すと、大宮駅のをどうしても思い出せなくなり、逆もまた同じだった。無理にもう一方を思い出そうと頑張ると、これもちょっと似ている御茶ノ水駅のサンバ調のやつが出てきたりもした。
それが、やっと最近のこと、浦和駅1番線と大宮駅2番線の発車メロディーを、それぞれちゃんと思い出せるようになった。たとえば、大宮駅の曲を思い出した後、「じゃあ浦和は?」と、自分を試してみても、1秒ぐらいデータ読み出しに時間がかかったりするものの、思い出せる。全くどうでもいいことだが、ちょっと一つ克服した感じがする。
という、まあ長々と書いては見たものの、それだけの話。

