台湾、中国、そしてナッチャン(1)
前回の更新は那覇からだったんですね。なるほど。その後、台湾の台北、福建省のアモイへと渡り、7泊8日の旅の末、14日に北京に戻ってきました。
成田-那覇はバニラエア、那覇-台北はピーチという格安航空会社(LCC)を利用しました。那覇空港のLCC用ターミナルは通常の航空会社とは別の、貨物エリアの一角にあり、搭乗・降機の際は、LCCターミナルから飛行機の間を歩きます。
那覇の出発時は、ついさっき雨が上がったばかりという曇り空でしたが、徒歩搭乗のおかげで、こんな写真が撮れました。

今、乗り込みます。

LCCは座席と座席の間隔が狭く、窮屈…らしいのですが(LCCの利用は初めてなので、あまりよくわかりません)、非常口脇の座席だったので、足元ゆったりで快適でした。もしかしたら、那覇-台北線の乗客はほとんどが台湾人なので、非常時には手助けが必要な非常口脇には、日本人を優先的に配置するようにしているのかな…なんて思いました。
さて、台湾では、仕事でお付き合いのある翻訳会社へ、ご挨拶に出向きました。
台湾人の人付き合いのスタイルを知らなかったので、どこまで歓待してくれるのかわからず、少し心配していました。そのため、予定を伝えるメールでは、「自分で勝手に歩き回れますので、お世話して下さらなくていいですよ」と伝えていました。
日本からわざわざお客さんが来てくれるなんていう場合、中国人だったら、「やあやあ、よく来て下さいました」と、その日は仕事そっちのけで、午後から大勢参加の酒宴が催される恐れがあります。15年前、吉林省の田舎で日本語を教えていた当時、「今日、誕生日なんですよ」とポロッと言ったら、校長先生の一声で午後の授業は取りやめになり、午後から街へ出て、誕生日の宴会が始まってしまった、そんな思い出があります。
そういうのを心配していたのですが、会社へはバスの路線を教えてもらって、自分の足で到着(韓国人や中国人だったら、きっと最寄りの地下鉄の駅まで迎えに来る。そして私は恐縮する)。うどん県に留学経験があり、青春18きっぷでうどん県から北海道まで行ったこともあるという、担当の蕭さんにオフィスの中を案内してもらって、何人かの人と挨拶を交わし、会社訪問は30分ほどで終了。実にあっさり。
14年前に一度、台北へ来たことがありましたが、その時は友人たちと大勢で来たのであまり自由に歩き回りませんでした。でも、なんとなく、「言葉が違う日本みたい」という感覚がありました。
でも今回、一人で街を歩いてみて、いろんなことが見えてきました。店員は常に笑顔で応対。歩いていて前から人が来たら互いに譲り合い、会釈をして通る。電車を待つ間、携帯で通話していたら、電車に乗る前に通話を終えて切る。などなど、人付き合いのスタイルや礼儀、周囲への配慮みたいなものが、日本ととても似通っているんだなあと実感しました。
言葉が違うのに外国である感じがしないというのは、とても不思議なことですが、人々が随所で見せる「気配」みたいなものがそう感じさせるだなあと、再認識しました。それで、食べ物が美味しくて、エステやら何やらあって、物価も少し安くて…と来れば、女性に人気の旅行先であるのは納得です。
ここは日本だろ?というような写真をいくつか撮りましたよ。

地下鉄のエスカレーターでは、歩く人のために左側を空けます(関西式)。そして、日本と同様に、立ち止まる側にはエスカレーターに乗る人の列ができます。

地下鉄の駅構内。トモズとファミリーマートが並んでいたり。

なんでしょう、このハンパない日本っぽさは。このまま真っ直ぐ行くと、アルタ前に出ます。嘘ですけど。
本屋に行くと、一つの棚の上から下まで、日本の旅行ガイドブックが並び、日本のファッション雑誌も最新のものが並んでいます。これからまだ旅が続くので、買い物はしないでおこうと思ったのですが、買わずにはいられない本が1冊ありました。

我が国、千葉県のガイド本。よくぞ作った。東京でもなく、関東でもなく、千葉。マザー牧場や鴨川シーワールド、勝浦の朝市、佐原の街並みとか、そりゃあいろいろ見どころはあるけどさ、わざわざ日本来たんだから、ほかのところも行きなさいよ、と諭したくなる、そんな一冊。あるいは、もう日本各地の主たる名所は見尽くした上級者向けか。そして、漢字しかない国なので、ぼくらのアイドル「チーバくん」の表記は「千葉君」…。
まあ、そんなこんなで、台北の夜は更ける。実家から持参してきた死にかけのノートパソコンで仕事もする。けっこう忙しく、ホテルのネットの接続状況があんまりよろしくなくて試行錯誤の悪戦苦闘。
あ、タイトルの「ナッチャン」のこと、まだ書いてないね。(2)で出てきます。
成田-那覇はバニラエア、那覇-台北はピーチという格安航空会社(LCC)を利用しました。那覇空港のLCC用ターミナルは通常の航空会社とは別の、貨物エリアの一角にあり、搭乗・降機の際は、LCCターミナルから飛行機の間を歩きます。
那覇の出発時は、ついさっき雨が上がったばかりという曇り空でしたが、徒歩搭乗のおかげで、こんな写真が撮れました。

今、乗り込みます。

LCCは座席と座席の間隔が狭く、窮屈…らしいのですが(LCCの利用は初めてなので、あまりよくわかりません)、非常口脇の座席だったので、足元ゆったりで快適でした。もしかしたら、那覇-台北線の乗客はほとんどが台湾人なので、非常時には手助けが必要な非常口脇には、日本人を優先的に配置するようにしているのかな…なんて思いました。
さて、台湾では、仕事でお付き合いのある翻訳会社へ、ご挨拶に出向きました。
台湾人の人付き合いのスタイルを知らなかったので、どこまで歓待してくれるのかわからず、少し心配していました。そのため、予定を伝えるメールでは、「自分で勝手に歩き回れますので、お世話して下さらなくていいですよ」と伝えていました。
日本からわざわざお客さんが来てくれるなんていう場合、中国人だったら、「やあやあ、よく来て下さいました」と、その日は仕事そっちのけで、午後から大勢参加の酒宴が催される恐れがあります。15年前、吉林省の田舎で日本語を教えていた当時、「今日、誕生日なんですよ」とポロッと言ったら、校長先生の一声で午後の授業は取りやめになり、午後から街へ出て、誕生日の宴会が始まってしまった、そんな思い出があります。
そういうのを心配していたのですが、会社へはバスの路線を教えてもらって、自分の足で到着(韓国人や中国人だったら、きっと最寄りの地下鉄の駅まで迎えに来る。そして私は恐縮する)。うどん県に留学経験があり、青春18きっぷでうどん県から北海道まで行ったこともあるという、担当の蕭さんにオフィスの中を案内してもらって、何人かの人と挨拶を交わし、会社訪問は30分ほどで終了。実にあっさり。
14年前に一度、台北へ来たことがありましたが、その時は友人たちと大勢で来たのであまり自由に歩き回りませんでした。でも、なんとなく、「言葉が違う日本みたい」という感覚がありました。
でも今回、一人で街を歩いてみて、いろんなことが見えてきました。店員は常に笑顔で応対。歩いていて前から人が来たら互いに譲り合い、会釈をして通る。電車を待つ間、携帯で通話していたら、電車に乗る前に通話を終えて切る。などなど、人付き合いのスタイルや礼儀、周囲への配慮みたいなものが、日本ととても似通っているんだなあと実感しました。
言葉が違うのに外国である感じがしないというのは、とても不思議なことですが、人々が随所で見せる「気配」みたいなものがそう感じさせるだなあと、再認識しました。それで、食べ物が美味しくて、エステやら何やらあって、物価も少し安くて…と来れば、女性に人気の旅行先であるのは納得です。
ここは日本だろ?というような写真をいくつか撮りましたよ。

地下鉄のエスカレーターでは、歩く人のために左側を空けます(関西式)。そして、日本と同様に、立ち止まる側にはエスカレーターに乗る人の列ができます。

地下鉄の駅構内。トモズとファミリーマートが並んでいたり。

なんでしょう、このハンパない日本っぽさは。このまま真っ直ぐ行くと、アルタ前に出ます。嘘ですけど。
本屋に行くと、一つの棚の上から下まで、日本の旅行ガイドブックが並び、日本のファッション雑誌も最新のものが並んでいます。これからまだ旅が続くので、買い物はしないでおこうと思ったのですが、買わずにはいられない本が1冊ありました。

我が国、千葉県のガイド本。よくぞ作った。東京でもなく、関東でもなく、千葉。マザー牧場や鴨川シーワールド、勝浦の朝市、佐原の街並みとか、そりゃあいろいろ見どころはあるけどさ、わざわざ日本来たんだから、ほかのところも行きなさいよ、と諭したくなる、そんな一冊。あるいは、もう日本各地の主たる名所は見尽くした上級者向けか。そして、漢字しかない国なので、ぼくらのアイドル「チーバくん」の表記は「千葉君」…。
まあ、そんなこんなで、台北の夜は更ける。実家から持参してきた死にかけのノートパソコンで仕事もする。けっこう忙しく、ホテルのネットの接続状況があんまりよろしくなくて試行錯誤の悪戦苦闘。
あ、タイトルの「ナッチャン」のこと、まだ書いてないね。(2)で出てきます。
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